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  • 9月11日 少しずつ秋へ

    9月11日 少しずつ秋へ

    うまくいったこと

    • とりあえず8時間働けた。これくらいしか今日は良い成果がない。
    • このフォーマットで日記を書こうと思ったけど、この欄がだんだん見つからなくなっていき、最終的には「無事に生き抜くことができた」くらいしか無くなってしまうのではないかと少し不安になる。別に不安になることないか。人生の目標なんて、おっとこの先は所感エリアで書こう。

    うまくいかなかったこと

    • 相変わらず機械学習のモデルを使ってテストケースを生成しているのだけれど、相変わらずうまくいってない。期待するようなものが全くと言っていいほど生成されない。
    • あともう一個あった。VS Codeで環境が良くないのか、モジュールによってはインポートできねーぜ!って言われちゃう。めっちゃ困ってる。いくつかウェブサイトを見て環境をどうのこうのしてみたんだけど、全く改善せず。多分だけど仮想環境とかそういう系の問題なんだよなぁ。ずっとこんな感じのメッセージがで続ける。

    改善できる点

    • 明日も同じようにやってくしかないかなーと思ったりする。

    所感

    • 人生の目標なんてたかが知れていて、日々変わる人だっていると思うんだ。私の、今現在の目標なんて、日々を軽やかに生きるくらいにしか考えていなくて、それで十分だと思ったりしてるのだから。
    • 昼夜の寒暖差が徐々に大きくなってきた。秋に近づいているなぁと感じる。空気が軽くなってくる感覚。湿気が少しずつなくなっていき、もっともっと乾燥していくんだよな。
  • 5月5日

    冬の間はほぼ放置していた、ベランダの観葉植物たちのメンテナンスを行う。
    もうだいぶ春だ。彼らにも春の訪れと、来る雨の季節、そして夏への準備を。

    植物は言葉を話さないけれど、彼らの葉の色、伸び具合でどんな状態か分かる。
    分かると言っても素人だから、ある程度元気かどうかくらいなものだが、それでも何年も付き合ってきている植物たちなので、徒長しすぎていたら切るし、盆栽は植え替えて根っこが伸びすぎていたら切ったりして、彼らが元気に暮らせるようにする。

    人間だってきっとそうなんだろう、といつも感じる。私は人間関係の厳しいところではすぐに元気をなくすから、私は私のメンテナンスをきちんと行わないといけないよな、と思う。
    幸いなことに人間関係で厳しいところは、上司や同僚に話すことで、改善できたりするので、そこは今の会社での恵まれているところな気がする。

    これから夏にかけて、新しいプロジェクトが動くと聞いた。私も夏バテしないように、日々こまめにメンテナンスしないとだなぁ。

  • 季節の変わり目を肌で感じることのできるゆとりを、忘れたくないんだよなぁ

    季節の変わり目を肌で感じることのできるゆとりを、忘れたくないんだよなぁ

    今日は俺だけか。グロ、お休みだなんて珍しいなぁ。
    まぁ、春だし、気分が浮き沈んだりするもんな。あいつの分まで昼飯を食べるとするか。めっちゃ太るな。

    冬と春の間

    季節の変わり目は、独特な気候を齎すことがある。
    急な大雨、からの強風、そして晴天。
    昨日は台風が来たかのようだった。そして今日は風だけが取り残され、きっと花粉が猛威を奮っているだろう。
    私は花粉症なので、怖くて外に出られない。さっきゴミを捨てにゴミ捨て場に行ったが、それだけでも沢山の花粉が服に付着したのではないかと疑わずにはいられない。

    春は、出会いや別れのシーズンと言われている。日本だけに限った話ではあるが。
    4月という年度代わりに合わせ、学校や職場等で配置換えなどが行われたりする。
    私の職場はそういったことがないので、季節感がないという話は先日のブログでも書いた。
    冬と春の間は、大量に流れ出る鼻水と、少しだけ昔を思い出して感傷的になる、そんな季節だ。

    Pixabay at Pexels

    季節の移り変わりを感じる心を失いたくない

    春の花が咲いたり、雨が続いたりすると(関東地方の話になっちゃうねこれ)、季節が移ってきたなと感じる。
    その心を、それを感じるゆとりを失いたくない、と思う。
    きっと、この地を愛しているのだろう。
    一年中同じような気候の国では、日本のように四季がないはずだから、もしかしたら私が今感じているような感受性は育たなかったかもしれない。
    嬉しいとか、悲しいとか、そう簡単に言い表せることのできないレベルでの感情を抱くことが多い昨今で、語彙力の無さにほとほと呆れてしまうが、少しだけ胸が窮屈になる感覚は、春ならではだなぁ、と思う。

  • 草花たちは「春が来た」と肌で感じることができる

    草花たちは「春が来た」と肌で感じることができる

    ベランダで飼っている盆栽や観葉植物たちが、茶色一辺倒だった冬の時期を過ぎ、少しずつ芽が出るようになってきた。
    新しい葉をつけ始めると、彼らが生きていることを実感する。

    新しい葉が出てくるこの時期は、彼らを見るだけで元気が出てくる。
    日本は1月と4月に、新たな気持ちを持つ時期がやってくる。
    その、二つがあることに感謝したい。

    4月の存在感

    日本だけだろうか、その季節に「新しい」という意味を見出しているのは。良くわからないけれど。
    桜の咲く季節で、何かを始めるのにちょうど良い気候だから、昔の人は4月をその時期に設定したのかもしれない。
    そしてその風習は私の中にもきちんと備わっていて、この季節になると、なんとなく嬉しくなってしまう。

    João Jesus at Pexels

    社会人になると

    だけど社会人になると、当然だが4月はただの、12月あるうちのひとつという感覚になってしまう。
    4月になっても環境は変わらず、新しいことを始めようという気持ちが芽生えるようなことはないのだ。

    まぁ、それはそれでしょうがないのだろう。職場は学校ではないから、4月になるからと言って定期的に配置換えを行うようなことはしないからだ。している企業があるかもしれないけど。

    だからこそ、私は、ベランダに棲む観葉植物たちのことを観て、そういう気分を得るのかもしれない。

    彼らは生きているために、葉を身に付ける。シンプルに、彼らの生を全うするために、葉を身に付けているだけなのだろう。だから、彼らは私がそんな気分に浸っていることを知らない。
    知らないからこそ、良いのかもしれない。