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  • 3月31日

    世の中では「年度末」と言われる日。翌日はエイプリルフールとして、世界が滅亡するだとか、しょうもないジョークが飛び交うのかもしれない。世界が滅亡とか、その温度感で飛び交うジョークは、地球の北の方でバチバチやっている地域があるから、さすがに不謹慎だわ、とか言われちゃったりするのかね。

    話したいのはそんなことじゃない

    何もないことが最上、という人と、
    今持ってないものをどんどん手に入れることが最上、という人がいる。

    私は前者だな、と思ったのよね今日。

    何も心配する点がない、不安なところがないです私は、めっちゃ正常です、というのが、私にとって最上なんだな、と。
    今、花粉症でめちゃくちゃ悩んでいたり、たまに胃が痛くなったり、たまにものすごくこの世とお別れしちゃいたくなったりするんだけど、そういうのが一切ない状態が、自分の中で一番気持ち良いんだな、と思った。

    多分、これは俗に言うネガティブ思考ということになるのだろうけど。

    逆に考えると、そういうところがないか、常にセンサーを張り巡らせているような気がしてて。
    身体やメンタルの不調がないか、もしあったら一気に赤信号を灯し、それを解決するために全力を尽くすような生活。

    ネガティブ思考であり、心配性なのかもしれない。

    もしかすると、そういうのを探しにいこうとするマインドセットを変えてみると、また違った景色が見えるのかもしれない。

    上述の、後者のほう、これはポジティブ思考かというと、なんとも言えんよね。

    なんでも欲しがっちゃう性格。今がゼロで、ここから自分が気持ちよくなることを探しにいくというか。
    これは快楽主義ってやつになるのかなよく知らんけど。

    こうやって2パターンで比較しちゃうと、つい、どっちが良いとかって話になりがちだけど、どっちも一長一短あると思ってて。

    私の方は、たぶん、不健康になりにくい気がする。
    悪いところがあるとすぐ、それを解決しようとするから、病院に行ったり、休んだりして、復調に努める気がするんだよな。

    ただそういうところに気づかずに、ひたすら身体に毒なことをし続けてしまう、ストレスのある環境に浸ってしまうと、そういう信号すら無視しちゃう訳だから、普通?に帰ってくるのにも時間がかかったり、するような。

  • いつになったらダメじゃない自分になれるのか

    いつになったらダメじゃない自分になれるのか

    どうも自分に対して厳しいのではないか、と思うようになってきた。

    そう思うこと自体は、一長一短ではあるので、その両面を見て評価すべきことではあるのだけれど、かねてから考えている「自分にとって一番強い味方は自分」を理想とすると、それに近づけるためには、優しくもあり、厳しくもあるというスタンスが一番適切だ。

    自分を、許せない。怠惰な自分を。情けない自分を。自信のない自分を。いつまで経っても変わらない、自分を。

    自分がうまくできた時でも、自分を褒めることをしない。というか褒められない。褒めるということを考えただけで、謙遜してしまう。誰に?自分に。
    照れ臭いのだ。自分を褒めるなんて、と思ってしまう。

    だから、自分は、外からの承認欲求に頼ってしまう。内からは承認されないから。

    という点を、もう10年くらいのレベルで、考え続けている。

    自分を甘やかす、とか、そんな風に捉えてしまうから、きっと私は、そう考えられないのだ。

    ちょっと前に、20km走れた。あれすごかったよ。かなり寒い時期で、良く途中で諦めずに走れたよね。

    これが、言えない。こうやって文字に書けるんだから、そのまま自分に言い聞かせれば良いだけなのだけど、上に書いた数十文字の文章は、他人へ向けた言葉のように感じてしまう。

    拒絶してしまうということなのだろうか。

    受け入れたくないということ?自分は、いつまで経ってもダメな人間だから?