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  • 2023年のほぼ日手帳、カズンという選択肢

    私は2011年からほぼ日手帳のオリジナルサイズを使っており(2021年、2022年はday free)、つまりカズンとはまだきちんと付き合ったことがないと言う状態。

    オリジナルはA6、カズンはその倍となるA5サイズである。

    今イマ、私がどんな風に使っているかというとその日の予定、ないしその日に抱いた思い、気になったものをイラストで描くといった程度である。つまり落書き。
    そう、落書き帳なんです私の場合。

    正直見せるような
    レベルではないです…

    これでA5にすると、落書きの量が増えると言うことになるのであろう。
    今イマはお仕事をおやすみしている状態なので、こうして手帳に向き合う時間、もっと言うときちんと色鉛筆を使って色を塗るようなことはできたのだけど、来月から仕事に復帰するのでそうなった時にA5サイズを落書きで埋め尽くすことができるかどうか、甚だ疑問。

    てか無理だろ、普通に考えて。

    つっても1日で10分とか15分くらいなんですけどね。それくらいの時間を捻出することすら難しいとすると、それは逆にそれすらも作れないと言うとそれはむしろ私の時間をどうやって使っているのかが気になりますね。

    そういう観点で見てみると、これは逆にカズン、つまりA5の、day free ではなくてちゃんと日付が載ったものを買うことで、「自分に向き合う時間を作る」という新たなタスクを生み出すことにも繋がるのではないかな。自問自答。
    真っ白いページがあっても、それはそれで良いのですが、その日を生きた証になると言う点で、今の私にはむしろカズンくらいのボリュームがあっても良いのかもしれない、と思い至りました。

    うーん。

    スペースが空いたらマステをペタペタ貼っちゃっても良いしな笑

  • 6月8日

    ふとApple Watch の睡眠アプリが目に留まり、おざなりながらも睡眠についてきちんと前向きに考えるようになった。

    昨今、これは加齢ということもあるんだろうけどとにかく眠りが浅くて、どんなに頑張って寝たとしても2時3時くらいには目が覚めてしまい、その度に「なんでぐっすり眠り続けられないんだろう」と悔やんだりしてるんだけど、それよりもまず睡眠時間を毎日同じ時間に取れるように、生活習慣を変えてこうぜとか、そんなことを急に気にするようになったんだよね。

    今日で3日目。毎日23時30分には眠るようにしてる。寝る30分前、つまり23時には液晶ディスプレイは見ないようにして、そうすると途端にやることがなくなってしまうんだけど、ストレッチをしたり、ほぼ日手帳に日記を書いたりして、ぼんやりとした時間を過ごしている。

    あと、お酒を控えめにしたり、とか。つっても禁酒するのは流石にアレなので、毎日350mlとか500mlのチューハイ(基本7%)のを1本飲むくらいにとどめたりして。

    多分こういうのって生活習慣を変えたからって途端に身体が健康になるってわけではなくて、日々同じように繰り返していくことで健康になっていくんだろうなと思うので、すくなくともこういうのを続ける必要があると思うんだけど、

    人生に諦観を持っている人とは違う考え方だよなこれ、別人だろ、って冷めた目で見る自分もいたりして。
    健康になろうとして、どうすんだよ、と。

    あぁ。精神が分裂してる。

  • 5月8日

    7時36分。
    雨も降ってなくて、運動するのにとても心地の良い気候。
    もうちょいしたら走りに行ってこようかと思ってる。

    怠惰について。

    私は月間で150kmとか、走れたら良いなぁとか考えたりする。
    そこを「絶対に走り切るぞ」とかまでは設定しておらず、なぜならそこまで自分を追い込んで課してしまうと、実際にできなかった時のショックが大きいから、プラス自分を責めてしまいそうになるからなんだけど、もしかしたらそれくらいに自分を追い込んでみても、実はいけたりするんじゃないかと期待する自分もいたりする。

    一度決めたらそれに突き進むのは意外と簡単で、それじゃなんでできないんですかというと、私が設定している「走れたら良いなぁ」という程度のものだと、怠惰に対してある程度仲良くしなければならない、というのを見込んでいるような気がする。

    今日もそう。

    上で、あともうちょいしたらって書いてるのは、スマホの充電が全然できてなくて、それが完了したら、ということを含んでいる。
    自分の中で、きちんと走る時間を決めたり、走るルートを決めたりすることで、なんとなく気持ちが固まってくるような気がするんだけど、今イマの段階だとそこまでがっつりしたものを決めていないから、まだ、私の心に怠惰が入り込んでくる余地はあるよなと思ったりする。

    この怠惰は何に対しても有効で、むしろこの気持ちとの付き合い方に対して、義務教育で学んできてるような気がするんだよなぁ。
    基本的に学校で学ぶ勉強ってめんどくさいと思っていて、覚える必要性を感じないものに対して覚えなきゃいけないし、テストで間違えないように何度も確認しなきゃいけないとか。そういう地味な活動を繰り返すことで、怠惰とうまく付き合うようになるのかな、と仕事をするようになってすげー感じたりする。
    だって仕事もだいぶめんどくさいものばっかりだったりするもんね。

    この怠惰って気持ち、もっと言うと生きることに対しても怠惰によって台無しにしてしまうと言うことが考えられる気がするんだよなぁ。
    めんどくさいから、行かないとかやらない、って言うことで、
    あとになって「行っておけばよかった」とか「やっておけばよかった」ってなることがあるから。
    それくらい後悔するんだったら、やっておけって話ですけどね。

    翻って私の話。
    例えば年間で走る距離を決めたりすると、この怠惰をある程度振り切って没頭して取り組んだりできるのかなぁとか思ったりする。
    年間で走る距離って言ってもなぁ。上述したけれどなにかご褒美をとか考えた方が良いんだろうか。年間通して走るモチベーションってなんだよ。健康な身体くらいしか思いつかない。それで十分なんだろうなぁ多分。

  • 4月8日

    まるでタイムマシンに乗ってるかのような1日、昼間のことはほとんど、何も覚えていない。

    記憶に残らない1日になってしまいそうだったので、10km走ってきた。かろうじて花びらを残している桜を、いったい何本見ただろう。また来年、この地に残っていれば、綺麗な姿を見せてくれるのだろう。

    ここのところあんまちゃんと走ってなかったので、ペースはそこそこだったのにだいぶバテてしまった。昨夜も10km走ったので、疲れが残っていたのかもしれない。私のペースはだいたいいつも同じで、きちんとした練習とかしないから記録が伸びないのだけれど、もともとリフレッシュを目的としていたので、それで十分なんだ本当は。

    もしかしたら成長すべきなのかもしれないけど。成長したところでなにもないから、大きな大会を目指すとかないし、健康でいたいからだけであって、だから、このペースを速くしなくてもいいんだよ、と自分に言い聞かせる。