タグ: 現実逃避

  • 4月27日

    自殺する人って、決死の覚悟で決行するのではなく、ちょっと思いついたので、という程度の勢いなのではないかと思った。

    今日、仕事でだいぶ追い詰められていて、その心持ちのままリビングからベランダ、外の方を眺めたらとても気持ち良さそうな空、昨日の夜からちょっと強い雨がさらさら降っていて、今朝、子供たちが登校するくらいまでは雨が残っていた状態だったのだけれど、それが10時くらいに見てみると、これから気圧が上がっていくんだよ、というような雲の軽さ、そして空気の密度。
    そんなのを感じていたら、ちょっとだけふわっとベランダから飛んでみて、今抱いている仕事の重たい感じのやつとか、全部忘れられるんじゃないかと思ったのよね。

    もしかしたらこれも一つの希死念慮なのかもしれないけれど、希死念慮って書いちゃうとだいぶ重たい感じするけれど、

    希死念慮って、根本は、

    今いる現実から逃げたい、から来てるのでは無いかと思うのよね。
    *諸説あると思うので、これはあくまで私一人の、素人の考えです。

    逃げる=死ぬっていうのがちょっと安易かもしれないけれど、例えば遠くに逃げる、と仮定した場合、お金や着替えとか、必要だったりするじゃん、お金ってそんな簡単に集められるものじゃないから、例えば、1万円持っていたとしても、それで1週間暮らせ、となった場合、住むところから考えるとだいぶキツいと思うんだけど。
    そんなことを考えるくらいなら、この今いるマンションの6階から、いっそのこと飛び込んでしまえ、とか、思ってしまうんだよな。

    これ多分考えすぎると良く無い方向に行きそうな気がするからこれくらいにしておく

  • 根本的な問題は一刻も早く解決すべきだけど、解決する元気がない時は現実逃避をすべきだろうという話

    根本的な問題は一刻も早く解決すべきだけど、解決する元気がない時は現実逃避をすべきだろうという話

    この間、残業して帰ったらさ、駅前のセブンのとこで酔いつぶれて寝っ転がってるおっさんがいてさ。すげぇ見苦しかったんだよな。

    春になると出てくるよなぁそういうおっさん。恥ずかしくないのかね、っていっつも思う。

    俺もそう思ったんだけどさー。けどそのおっさん、めっちゃ気持ち良さそうに寝てたんだよね。

    で、気づいたんだけど、これももしかしたら幸せの形として定義してもいいんじゃねーのか、って。

    確かにね、周りの俺らからすると「しょうもねぇおっさんだな」と思うけど、本人からするといい感じに酔っぱらって寝っ転がってる訳だから、死ぬとかじゃなければむしろ幸せなのかもしれないな。

    幸せの形は人それぞれだからさ、

    お酒を飲む人だったら分かると思うのですが、いい感じに酔っぱらうと、現実の面倒な問題がぼんやりとしてきて、とても幸せな気分になることがあります。
    分かるんですよ、根本的な問題は無視してるから、酔いが醒めたらまたその問題と対峙していかなきゃいけないのだから、それが一時の幸せだということを。
    だけど、いや、現実の問題が一筋縄ではいかないものだからこそ、お酒を飲んで、休息して力を貯め、またぶつかっていこうという気持ちが芽生えるのではないのでしょうかね。

    お酒を飲まない人でも、現実逃避のための趣味だとか、そういうものに没頭することで、現実から目を背けるという気持ちには理解できる部分があるのではないかと思います。
    現実逃避することが幸せの形とは言いませんが、それでも、一時休戦として現実から逃げることは、束の間の幸せにはなりますが、エネルギーを貯めるタイミングとしては必要なものなのではないでしょうか。

    Photo by Pixabay on Pexels.com

    やりたいように生きることの是非

    何度かブログに書いていますが、生き甲斐というのは、いかに「自分が機嫌良く暮らしていけるか」ということに尽きるのだと思います。
    そのためには、上述した「根本的な問題」を解決するのはもちろん必要ですが、それを解決するために力を貯める時間と言うのも、生きていくためには必要なのではないかと思います。

    現実逃避と言うのは、もしかしたら忌避すべきものなのかもしれません。
    私は以前、現実逃避は根本的な問題を解決するものではないから、まったくもって意味のない行動だと思っていました。現実逃避をしたとしても、根本的な問題は解決していないからです。
    だけど、根本的な問題を解決しようとするエネルギーを持っていない時には、むしろ現実逃避というのは必要な措置だと思います。
    人間だもの、いつでもパワー全開ということではないですからね。
    前を向いて生きていくべきですが、前を向く元気がない時は、時折足元を見て自分の靴紐が緩んでいないかを確かめるのも、きっと必要なことです。

  • 酒と浦島太郎の話

    酒と浦島太郎の話

    産業革命の頃、安くて質のあまり高くないジンが沢山出回ったそうだ。
    それが、現代社会では、ストロング系チューハイと姿を変え、中~低所得者層の疲れた心を癒している姿が、あの頃と同じだと言う。

    私は産業革命の時代を生きていないので、その頃のことは良く分からない。だけど酒が自分の心を癒してくれるという感覚については、完全に同意する。
    酒が必要なほど心を痛めている人は、痛めている根本原因を見つけて絶やそうとはしない。

    cottonbro at Pexels

    酒は何も解決してくれない

    分かっていることについて書く。
    私はそれを十分に理解しているつもりでいる。

    酒は、気持ちをぼんやりさせ、現実から目を背けさせてくれる。
    それは数時間だけの夢見心地であり、酔いが醒めたころには現実に引き戻される。
    未成年者、もしくは酒が飲めないタイプの人は、浦島太郎が竜宮城に訪れた時を想像してもらえれば良い。
    彼は散々良い思いをした後、地上に戻ったらお爺さんになってしまっていた。
    おそらく20代、いやもっと若い時代だったかもしれない。
    そんな彼が竜宮城から帰ってきたら、お爺さんになってしまっていたのだ。現実は甘くない。

    お爺さんになってしまった浦島太郎は、後悔しただろうか。
    そうなることをあらかじめ知っていたら、竜宮城に行かなかっただろうか。
    現実が嫌で、早くお爺さんになり、最期を迎えたいと願っていたとしたら、あの展開はその願い通りであろう。
    もしかしたら浦島太郎は、それが乙姫からもらった贈り物で、心底欲しかったものかもしれない。
    だとすると、あれは悪い話のように思えるが、浦島太郎の願い通り、ハッピーエンドということになるだろう。

    Blaque X at Pexels

    酒を飲んで考えること

    酒を飲み続け、酔いが回ってくるに連れ、次第に自分の考えについて制御できなくなってくることがある。
    私はそれを思考の爆発と勝手に名付けている。
    たまに、それが良い爆発を見せることがあって、英会話が捗ったり、小説が沢山進んだりする。
    現実から目を背け、右脳と左脳に良い効果をもたらしてくれるのかもしれないが、良く分からない。
    ただ私の中ではそれは全体の2割程度で、残り8割はあまり記憶に残らない、散漫な思考をしたりする。
    ぼんやりした頭の中で考えることも、たまには良いものだ。
    あまり実にならないが。