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  • 形骸化を

    バイブルは、そのボリュームが大きくなればなるほど、人間はそれから遠ざかるような気がしていて

    疲れた時に、それをちらっと読んで、また元気を出して明日から頑張ろうと思えるようなものだとすると、あんま大それたことを書くと疲れちゃうから、あんまそれっぽい感じにするのはよくないんだろうな

    有名なところで言うとキリスト教の聖書が挙げられるけど、あんまちゃんと読んでないながらにモノを言うことはできないからアレなんだけど、なんとなく持ってるイメージでは御伽話、昔話のような類のストーリーがたくさん載ってるというもので、

    果たしてそれを読むことで、なぜ上述したような、明日からまた頑張ろう、っていう気分になれるのか謎

    昨日描いた、強いロールモデルの話と近くて、もしかしたらイエスキリストさんの生き様を、その強い生き様を感じて、それで自分が元気を出すような感覚なんだろうか

  • 教祖様が欲しかったのか

    仕事で、強い上司がいて、3年くらい前までトータルで5年くらい憧れ続けてたんだけど

    ロールモデルとして掲げるのは良かったんだが、それに自分がなれるのは不可能と気づいた3年前、

    その人に対しては未だに憧れてはいるのだけれど、その人になりたい、という類の憧れとは別次元のものになった。

    最近気づいたのは、私は、その人が教祖様になっている、宗教に入りたかったのかもしれない、ということ

    単なる仕事の上司なので、宗教とかそういう話とは一線を画す話ではあるのだけど、

    その人に見てもらえたら嬉しくなるし、声をかけてもらえても嬉しいし、

    つまり教祖様なんだろうな、と。