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  • 自分の機嫌は、自分で取るしかない

    自分の機嫌は、自分で取るしかない

    不安や怠惰など、自分のパフォーマンスを下げる要因はいつまで経っても消えない。
    それらが勝手に消えてくれるのを待つというスタンスでも良いのだけど、もしかしたらそれを待っているうちに人生が終わってしまうかもしれない。
    もしかしたら、プロアクティブに、自分から進んでその状況を消え去ることのできる武器を持っておく必要があるのではないだろうか。

    あなたにとって「機嫌の良くなるツール」とはなんだろう

    これ系の投稿を幾度となくしてきたように思う。
    題材が被ってしまうのは、私一人がやっているブログなのだからしょうがない。
    私自身が、自分の機嫌をコントロールするのが上手くないから、こうして何度も取り上げて書いてしまう。

    自分の機嫌は自分で取るしかない。

    Photo by Andrea Piacquadio on Pexels.com

    まず、自分でうまく「機嫌が悪くならないように」コントロールすべきた。未然に防ぐために、機嫌を悪くするような行動を取らないように、きっかけを持たないようにすべきだ。

    このやり方が通用するのであれば、機嫌が悪くなるようなことはない。
    だけど、人生というのは、そんなに甘くない。

    もし、機嫌が悪くなってしまったら、それをすすんで排除すべきだ。なるべく早く。全力を尽くして。

    それには、自分の好きなもの、好きなことを見つけておくと良いだろう。誰かに依存するとその人の都合を考えなければいけないので、自分一人でできることのほうが良い。
    好きな食べ物、映像など、個人差があるものの、手っ取り早く扱えるもののほうが良い。

    それを手に入れたら、自分の機嫌が直るまで没頭してみる。機嫌が悪くなるのは周りにも悪影響を与えるし、なによりそれ自体がストレスなのだから、なるべく早く取り除く方が良いのだろう。

    できれば、機嫌が悪くならないようにするほうが良い

    のだけど、人生ってそんなに甘くない。
    機嫌の悪くなるようなことがあるから、逆に、機嫌を良くするものの良さが見えてきたりする。

    たぶん、自分の機嫌を損ねるようなものにはなるべく近づかないようにするのが得策なのだ。
    そんな簡単にできることではない。

    そんなに、簡単にできることだとしたら、そもそも自分の機嫌が悪くなるなんてことがないのだから。

    であればどうするか。

    自分の考え方、価値観の捉え方を変えてみるなど、自分自身を変えることが必要なのかもしれない。

    価値観も私の好きなトピックで、柔軟な価値観を持つことで、自分の機嫌を損ねずに済むというメリットを享受することができる。
    だいたいにおいて、機嫌を悪くする原因が、「自分の期待通りに人生が進まないこと」なのだから。
    事実は1つしかないのだが、それを100人の人間が捉えることで、100個の解釈ができるのである。
    それを肯定せず、否定もせず、ただ受け止めることで、自分は平常心を保ち続け、そして機嫌も悪くならずに済むから。

  • やわらかく生きる

    やわらかく生きる

    怒りという感情は、精神を疲弊させる。

    怒りはなぜ生まれるのか。
    根本的には「自分の思い通りにいかないこと」があり、その、期待に応えられない事実が生まれた時に、怒りが生まれるように感じる。
    事実というものがそもそも存在せず、あるのは解釈のみという考え方に照らし合わせると、期待に沿わない事実というものは自分の偏見が入っているので、それによって怒りを助町させているということも考えられるのではないだろうか。

    怒りという感情は、精神を疲弊させる。

    怒りをやり過ごした後に残るのは、疲れるということのみである。
    または、悲しみなど、新たな別の感情が生まれるかもしれない。
    つまり、何もプラスにならない。

    だったら怒りを持たない方が良いではないだろうか。
    怒りを持たないためには、期待しないこと。
    こうなったら良いな、は自分を成長させるから良いけれど、そのこだわりを強く持ちすぎてしまうとやがてそれに振り回されるようになる。
    だから、その期待をやわらかく持つ。
    そして、期待に沿わない結果が出たらそれをなるべく客観的な目で見て捉え、そして現実は理想と異なるということを自分で飲み込む。
    たったこれだけのことで、人生が楽に生きられるようになる。

    と、文章で書くといとも簡単なように見えるが、実際にやろうとするととてつもなく難しい。
    理想とかけ離れた、そして主観によって捻じ曲げられた現実。
    それを受け止めきれない自分の器。
    そして、止められない怒り。
    私だって毎日のようにその流れを感じている。

    多分、訓練が必要なのだろう。
    まず理想をやわらかく持つところから始めてみよう。
    そうすることで、期待にそぐわない結果によっても、少しずつ、ま、しょうがないか、と思えるようになってくるのかもしれない。

    怒りという感情は、精神を疲弊させる。

    もしかすると、上で書いたすべてのことを超越するような、「怒りすらも受容する」という取り組みこそが、至上なのかもしれない。