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  • 6月7日 地方創生 ソフトウェア 品質

    6月7日 地方創生 ソフトウェア 品質

    夜中に何度か目が覚め、その後にうつらうつらとしているところで何度か夢を見た。
    私はその夢をEvernoteとかTwitterにメモっておくのが好きで、そこから新たな着想を得られるからなのだけれど、今朝見たメモがなかなかのナイスアイデアだった。

    • 地方創生
    • ソフトウェア開発
    • テスト、品質
    • コンサル

    改めて見てみると、そのものズバリという感覚ではあるものの、地方のソフトウェアベンダーに対して、私の持つソフトウェア品質のあたりをベースにしてコンサルティングし、且つ必要となる人材を派遣して品質の向上を目指すみたいなビジネスモデルって、割とブルーオーシャンなのではないだろうか、と気づいた。

    多分私が夢の中で、地方に行きそこで頑張っているソフトウェア開発会社の人に品質向上をテーマとしたコンサルティング業務を請け負うみたいなものを描いたのだと思う。
    そこから得た着想を、忘れないうちにEvernoteにメモっていた、という顛末。
    地方で頑張っているソフトウェア開発会社は何社くらいあって、彼らが品質に対してお金を払いたいと思っているか。
    まずスタートラインはそこの調査から、ということになるかもしれない。
    とは言え、そんな簡単に事実を得られるとは思えないので、まずはココナラみたいなところで、私の持つナレッジを共有、気軽な相談会を作るところから開始しても良いのかもしれない。
    幸いなことにこちらはZoomで対応することが可能だから、気軽に話しましょう、みたいな敷居の高さを生かしつつ、やっていけるのかも。

    新しい事業を始めるのには勇気がいるだろう。
    私のこんな思いつきから、新たなビジネスが生まれるとか、というか「ビジネス」って呼んでいいのかわからない程度にしかならないかもしれないけれど、もしかしたら私の未来に、新たな可能性として道が生まれてくるかもしれない。
    怖いけどね。

  • 5月30日 仕事の話

    5月30日 仕事の話

    やっと火曜日が終わる。
    この頃になってくると、ようやく1週間が始まった感覚を持つ。
    月曜日はどうしても力が入らず、惰性で、実際には月曜から金曜まで惰性で暮らすのかもしれないが、なんとなくそんな感覚。
    今週は何をしよう、と思う。仕事のこと。
    私の仕事は長い目で見るものなので、1週間の中で物事が完結するということは少ない。
    だからこそ、今週金曜で終わらせようみたいなものは持っていないのかもしれない。

    今は、会社としての品質計画書をどのように捉えるかということに注力している。
    品質って難しい。
    そればかり優先すると納期が遅れ、コストは嵩み、結果として品質は良かったけれど失敗したプロジェクトになってしまう。
    予算が強いのかもしれないなぁ、と思い無駄なコストを削減しようとすると、それは実際は無駄ではなくて、市場に出しても良いと思われる品質まで高めようとチャレンジしたものであり、そうなると、本当は必要だったコストということになってしまう。

    また、品質って難しくて、市場に出てから、つまり一般ユーザーの手に渡ってから何も障害がないとしよう。
    すると、このプロジェクトでやってきた品質目標は過剰だったのではないか、という人が出てくる。
    だけどどの程度まで品質を高めれば良いのかって誰もわからなくて、神様ですらも分からないから、予算の許す限り品質向上活動に時間を割く人たちの要員を割いて、頑張って最良の品質を作り出そうとする。
    最良の品質っていうのもなかなか難しくて、市場で不具合が出てないから良い、だけど不具合が出ないギリギリのラインで品質を止めようとしても、その目安がわからないのだ。
    そう考えると、もしかすると、市場には多少の不具合が出ても良いのかもしれない。
    不具合は出るけれど、お客さんにとって致命的な不具合、命を脅かすだとか、お金が理不尽な形で減ってしまうだとか、そういうところにまで至らなければ良いのではないだろうか。
    暴論だと思う。
    けれど、会社のオプショナルな対応で完結できるのであれば、自社以外は誰にも迷惑がかかっていないのだから、良いのではないか、と。
    暴論だよね、わかってる。けどこれを論破できるロジックは、今の私には思いつかないのであったりする。

  • 不具合が混入された原因を突き止めるのが難しい

    不具合が混入された原因を突き止めるのが難しい

    多分、私のなぜなぜ分析がうまくいってないからだと思うのですが、
    なぜ?なぜ?を繰り返していくと、担当メンバーの仕事をやり遂げるスキルが十分に備わっていないからということに到着してしまいます。

    例えば、ボタンに新たな選択肢を増やす要件を実装するというお題に対し、新たな選択肢が選択項目として表示されなかった場合

    なぜなぜ1:開発者が要件を見逃していた

    なぜなぜ2:要件の記載が明示的ではなく、わかりづらかった

    なぜなぜ3:要件の記述者が、開発者の見逃しを防ぐような記述をしなかった

    なぜなぜ4:要件の記述ルールに、新たな追加要件を書く時の強調ルールが決められていなかった

    なぜなぜ5:新たな追加要件を書く時のルール作りで、プログラマの心情を理解せずにルールを設定した

    ↑この分析は果たしてきちんとできたでしょうか。。

    大切なのは、人ではなく事象へという意識なのか

    上で挙げた例は、私の中でぱっと思いついた分析の流れです。
    ここではなるべく頑張って、人に依存しないような事象へと寄せるようにしました。
    軽く考えると、要件を見逃した開発者が悪いだとか、要件を書いた人が強調しなかっただとかに行き着くような気がしていて、しかもそれらへの流れが容易に思いつくんですよね。
    人を責めても、改善なんてしないんだから、仕組みを変えていくための分析としてあるべきなのかなと思います。

    身近な問題にもなぜなぜ分析が適用できるか

    これ、ずーっと前にも書いたような気がしますが、、
    例えば私、月100kmのランニングを目標としているのですが、毎月70kmくらいで終わってしまいます。
    気合いが足りないだとか容易に思いついてしまうのがアレですが、ちょっと考えてみると、きちんとした分析になるんだろうなぁ。

    月間100kmを走り切ることができない
    なぜなぜ1:走る時間が足りない
    なぜなぜ2:他にやることがたくさんあり、優先度が下がる
    なぜなぜ3:100kmを走り切ったところで、効果が見えない
    なぜなぜ4:目標として大きすぎる
    なぜなぜ5:週間目標とか細切れにして、毎週の目標にする

    うーん。
    答えありきな目標になってしまった。
    同じようなことを昔考えたことがあり、その時は週25kmを目標にする、みたいなところに行きつきました。多分そこをクリアするために、週3回、8km以上を走るようにする、みたいな具体的なところに行き着くように目標を作れば良いんだろうなぁ。

    と、他人事のように考えてしまっていますが、、まず気合いが足りないんだよなぁ、、ホントに。

  • 4月1日

    ソフトウェアはシステムの品質を検査するような仕事をしているのだが、突き詰めると、限度がよく分からなくなってくる。

    良い塩梅というのはどんな世界にもあるもので、のめり込むのは身体に悪い。

    ここのところエピクテトスとニーチェに傾倒していたのだが、それもハマりすぎると厭世的になってしまい「あぁ今すぐにでも死んだほうが楽になれる」と考えたりするので、それもよく考えるとのめり込む例なんだなと思う。

    十分な品質、というものがあるのだ。

    日本は割と品質が高いものを求めがちだと言われるのよね。
    まぁわかる、自動販売機ではお釣りに間違いがないことが前提だし、街の横断歩道にある信号だって壊れてないし、車は頑丈だし、電子レンジはいつまで経っても壊れないし。

    それはそれで良いことなんだけどね、
    その「品質を守るためのコスト」が、世間にとって必要十分であるかどうか、確かめることが必要なのかな、とかね。

    雑多な居酒屋ではハイボールの濃さに少しギャップがあっても、まぁしょうがないかな、と思っちゃうけど、そんなお店だとしても刺身が古くてお腹を壊しちゃうとダメだし、その辺の線引きをきちんと考えておかないといけないんだよな、とかね。
    いつだったかペヤングの工場で虫かなにかが入ってたとかあったけど、まぁ正直虫は高熱殺菌されてるし今イマだと昆虫食って考え方もあるから、実質ありかもしれないけど、買う側としてはそういうところは気になっちゃったりするけどな。
    私としては、キャベツの隙間にイモムシがいても、まぁしょうがないかな程度の感覚なんだけど、その価値観は人次第だから、なにが正解かというのが分からなくて難しいなぁ、と考えているうちに1日が終わってしまいます。