投稿者: hmgrbean

  • 9月10日 ランニングと私

    9月10日 ランニングと私

    うまくいったこと

    • ランニング。超暑かったけど、とりあえず目標にしてた5kmを走ることができた。ホントは10km行きたかったんだけどなぁ。30℃という暑さでたくさん走れる人、まじスゲーと思う。私には無理だ。暑さへの耐性とでも言うのだろうか。知らんけど。

    うまくいかなかったこと

    • 上の、うまくいったことを書いていて感じたのだけど、もっと暑さに対する耐性ができても良い気がするんだよなぁ。暑いとすぐにヘタってしまうので、もっと体力作りをしたら良いのだろうか。

    改善できる点

    • ランニングを継続することで、暑い中でも走れるようになるのかなぁとぼんやり考える。最近のマイブームは痩せるために活動することなので、在宅勤務の日は毎日走るようにすることで、体力も付くし、お腹周りの脂肪を吹き飛ばすことができるのかなぁなんて考えてる。それには食べること、あとお酒についても気をつけないといけないよなぁと思う。お酒。なんでやめられないんだろうか。やんわりとアルコール中毒者に近づいているんではなかろうか。

    所感

    • 走っている間、何を考えていただろうか。朝ランだったのですでに数時間経ってしまって、あまり記憶に残っていない。ひなたは完全に暑いな、とか、日焼けしちゃうかもな、とか考えていた。短絡的なことばかり。そもそもランニングで長考するようなことってあるんだろうか。私には無理だ。無意識に思い浮かぶ着想を拾い上げて、それを頭の中で認識することで精一杯。前に走る人をどこで抜かそうかとか、走っているペースは十分かとか、そんな程度のことしか考えていない。
    • 世界の偉い人たちは、ランニング中に仕事のことを考えると聞いたことがある。けれどホントにそうなんだろうか。
  • 9月9日 もがき

    9月9日 もがき

    うまくいったこと

    • 1日を期限良く過ごすことができた。機嫌を良くしつつ生きることは、壮年世代の目標なのかもしれない。機嫌の悪いおっさんってただひたすらめんどくさいだけだもんね。

    うまくいかなかったこと

    • 特になし。ちゃんと生きられた時点で今日は花丸。

    改善できる点

    • 特になし。今日と同じような心持ちで生きていければ、死ぬ時に後悔しないんじゃないかと思う。

    所感

    • 機嫌を良くするのも悪くするのも、簡単なことのように思う。けれど機嫌って意識的に変えられるものでもなくて、たまたまイヤなことが重なった(信号が3つ連続で赤だったとか)時に、無意識のうちにイライラし、そして機嫌を損ねてしまうことがあるのだ。そうなると機嫌を取り戻すのは難しくて、よほどの良いことがないと、前を向くことができないような気がする。人生を長く生きている壮年世代にとっては、その培った経験の中で、自分が何をすれば機嫌を良くすることができるのか、分かったりするだろう。その、解決の糸口を慎重に掴み、手繰り寄せることによって、いつの間にか前を向いていたということになったりもする。私の場合はランニングとか、身体を動かすと自然と前を向けるような気がする。多分それって科学的にも証明されているようなことで、身体を動かすと良い感じのホルモンが分泌されて、その結果前を向く、みたいな理論があるだろう。つまりそういうことだ。
    • 一方思春期とか、その辺の世代には、自分が何をすれば機嫌を回復できるのか分からなかったりする。そういう時、いったいどうしたらいいのだろう。多分だけど、そこでもがくことが必要なのではないかと思う。一見無駄に見えるようなことでも、それを実直に続けることによって達成感が生まれ、その副産物として良い機嫌を手に入れることができるのではないだろうか。つっても、44歳になった今でももがくけどね。もがくことで何かが見えてくると確実にわかるのであれば、ガンガンもがくんだけどな。そういう場合だけではないことも知っているから、人生に正攻法ってないんだろうなぁ。
  • 9月8日 今日の私

    9月8日 今日の私

    うまくいったこと

    • 台風の中、会社に出社できた。思ったほど強くない台風7号は、とてもノロノロとしたスピードで日本へ上陸しようとしている。家から出るの、ダルいなぁ、ってだいぶ萎えたけどね。けどこういう機会がないとレインブーツを履く機会がないんだよな。
    • お昼ご飯はサラダ。Crisp Salad worksっていうお店。サラダごときに1500円?!と最初の頃は思っていたけれど、今では他に食べたいものがなければここにしてる。美味しい、食べやすい、翌日の便通が良い、のあたりがお気に入りポイント。

    うまくいかなかったこと

    • (実際にはうまくいかなかったわけではない、なぜならこれは私のサブタスクに近いものだから)Pythonの勉強に結びつくようなチャレンジがなかった。コードのほとんど全てをChatGPT-4に聞いており、せめて写経するくらいのことはしない限り、私のPythonコードスキルは上がっていかないような気がする。
    • ちなみに今日も私が願っているようなものは生成できなかった。BERT+GPT-2という組み合わせがよくないのか、それともGPT-2に頼りすぎているのか、それすらもよく分かっていない。困る。来週水曜に偉い人に進捗を報告するので、もうちょい本気出してやらないといけない。
    • Google Colabで回しすぎて、上限だぞ!って怒られた。上限があるなんて知らなかった。ChatGPT-4も上限に達しちゃったりするし、私、無駄に回しすぎな気がする。

    改善できる点

    • ChatGPT-4、Google colabいずれも、必要最小限で回す。
    • Pythonの勉強を兼ねて、ChatGPT-4からそのままコピペするのではなく写経するなどして自分が考えながらコードを書くようにする。

    所感

    • 来年の手帳をどれにしようか、毎日考えてしまう。幸せな悩みだなぁと思う。今のところ、ほぼ日カズンDay-freeにしようかと思っている。日付ありにするか迷っているところ。最近、ちょっと手帳に疎かになってきていて、毎日毎日書くことなんてないよなー、というマインドになっているので。それでも書くことをやめなければ、どっかで何かのブレークスルーを迎えることができるような気がしなくもないんだよなぁ。何を目指しているかはわからないけど。
    • Pythonの勉強について、基本的な構文はなんとなーく理解できてきてるんだよな。この次は自分が好きそうなライブラリの使い方を覚えていくと良いらしい。今のところ気になるのは、QAという職業柄unittestかpytestが気になっている。
    • TDDとBDDについて少し思い返すところがあった。Pythonで、それらを使った何かモックみたいなものを作ってみると、自分の理解が深まるのかなぁと思ったりする。例えばポーカーとか。そういうトランプゲームだったら、UIが不要だったりするから、サクっと作れちゃったりするんだよなぁと思う。
  • 9月7日 今日の成果など

    9月7日 今日の成果など

    うまくいったこと

    • あるウェブサイトのテストケースを生成AIを使って作成したいと思っている。インプットとなるのはユーザーストーリー。それを取り込み、BERTとGPT-2を使ってファインチューニングし、テストケースを生成するところまでできた。

    うまくいかなかったこと

    • テストケース的なものは生成できたのだけれど、私が求めているようなテストケースではなかった。
    • そもそもPythonのことを良く分かっていないので、どこをどう直せば良いのか、それもChatGPTに聞いて修正するというやり方で改善を試みた。
    • 結果的に、まだ「ちゃんとできた」ところまで至っていない。

    改善できる点

    • インプットとなるユーザーストーリーをもっと情報を多くすることを考えてみる。
    • Pythonについては、そもそもPythonのコードがどういう構造なのかをきちんと理解して、自分の求めるテストケースを生成できるようにしたい。

    所感

    • 分からないことを、ちゃんと理解しないと、学習には結びつかないと思った。何が分からないのか分からないという状態では、何を勉強したら良いのかがはっきり見えてこないので。
  • 9月6日 真夏のピークが去ると必ず思い出す

    9月6日 真夏のピークが去ると必ず思い出す

    台風の影響だろうか、がくんと音を立てるように涼しくなった。
    久しぶりにエアコンを停止したまま眠れそうな夜。
    気温は25℃とのころ。

    真夏のピークが去った、と歌ったのは誰だろうか。
    若くして夭折してしまった天才は、名曲をいくつか残してこの世を去った。

    夏が終わっていくたびに、彼のことを思い出してしまう。

    茜色の夕日を見ていたら、など、彼が放った詞には季節を鮮やかに形容する言葉が記憶に残る。
    私も季節の移ろいには敏感な方で、それは花粉症などでも気づいたりするのだけれど、四季という季節がある日本に生まれたからこそ、そういう目には見えないけれど感じるものを大切にしたいと思う。

    東京の空だって、星は見えるんだろう。
    田舎にいるからこそ綺麗な星空を観ることができるかもしれないが、東京の華やかな街灯の下でも、キラキラ光る一等星くらいだったら見える。
    有象無象が蔓延る世界にも、それくらい輝いた星ならば、きっと綺麗に見えるんだろう。
    彼はそれくらい輝いていたのかもしれない。

  • 9月5日 朝と私

    9月5日 朝と私

    本格的に朝の対策をしないといけないなーと思うようになった。
    朝の対策というのは、寝ぼけ眼で仕事に就かないようにするには、とかそういうところ。

    元々、朝は苦手ではなかった。5時に起きて読書したりとか、してたころが懐かしい。
    なぜこんな姿になってしまったのか。
    それはずばり、心療内科で処方されている睡眠薬な気がしてならない。
    ベルソムラ、少ない方で10mgだけど、それでも23時くらいには眠くなり、翌朝8時までしっかり寝ても眠い。まだまだ眠れそう、多分10時くらいまで眠れてしまうのではないだろうか、という有様。

    去年から診療内科に通う中で、夜中に何度か目が覚めてしまうんです、と先生と話して処方された薬だから、夜、ぐっすり眠れるのならば本望なんだと思うんだけど、無い物ねだりな人間だから、今度は朝ちゃんと起きられるような人になりたいです、という願望が生まれてきてしまった。困る。

    いや、違うのだ。
    最近は週に2〜3回程度出社しているんだけど、その時は眠くならずに出社できるんだよなぁ。
    そう考えると、今の自分に必要なのは、
    朝日を浴びることなのではないだろうか。

    在宅勤務の状況もあまり良くないんだろうなぁ。
    寝室で仕事してるし。ベッド(キャンプで使っている折りたたみ式ベッドを使っています)から起きて1.5歩で仕事してる机に移動できちゃうもんなぁ。そりゃ寝ぼけ眼だろ。

    朝日か。まずは朝日だな。
    散歩するところから始めれば良いかな。

  • 9月4日 酔ってる

    9月4日 酔ってる

    他者から嫌われても良いから、自分の思うように、自由に生きよう。
    かねてよりいろんなところで叫ばれているこの言葉は、私は、嫌われる勇気から学んだ。
    それを実践するほどの強い心を持っていないから、結局は読む前と変わらず、他人に気を遣って生きている。

    別にそれが悪いことだとは思わない。
    これも嫌われる勇気から得た言葉だけれども他者への奉仕というマインドセットが、私の行動を引き起こしているような気がしてならない。
    別に自分の気分が良ければ、それで十分だと思うんだけどね。

    先日、過去に私がとった行動がたまに思い返され、私は、あぁするんじゃなかった!もっとこうしていれば!とジタバタしたくなってしまう、みたいなことを書いた。
    その頃の私に寄り添うのであれば、私は、当時私が取りえる選択肢の中で最良のものを選んできたはずだから、それが間違っているとは言えないよね。数年後の未来に、それを思い返したとしてもきっと、当時の私の背中を優しくさすることができるような私になっていたらいいな、と思う自分がいる。

    行動って自分の意思だったり、無意識に取ってしまったりするけれど、結局のところ私が悲しまない、悔しがらなければ良いのであって、必ずしも失敗だった!と思えるようなことって案外少ないんじゃないのかな。

    酔ってる。
    意見のポイントが右往左往しているのがわかる。

  • 9月3日 4人で一緒に過ごす日々が、

    9月3日 4人で一緒に過ごす日々が、

    人生の大半は、記憶にも残らないイベントばかりだ。
    私の人生で記憶に残ったことなんて、両手で数えられるくらいじゃないだろうか。
    一瞬一瞬をきちんと記憶に残しておきたいと思うけれど、そんなのは不可能で、昨日食べた晩御飯すらも覚えていないような感覚。

    記憶に残るのと、残らないのってどんな基準なんだろうなぁって常々考えていて、
    それはもしかすると「定期的に思い出すこと」が必要なのではないかと思ったりしている。
    定期的に思い出すってなかなか難しくて、定期的に思い出そう、ということすら忘れてしまう現状では全部の記憶を拾うことなんて至難の業だよなと思う。

    別に、忘れても良いんだよね。
    記憶の貧乏性とでも言おうか、写真と同じで、なるべく多くの物事を覚えておきたいと思っちゃうんだよね。ずっと前からそう。
    これは性分みたいなものだから、もしかすると考え方を変えるのって難しいかもしれないなぁ。

    今日はどんな1日だっただろうか。
    片手で収まる程度のボリュームでまとめられるとすると、その記憶みたいなボールの中には、どんな出来事が残ってるんだろうか。
    朝、起きてから、子供たちにご飯を作ったり、あつ森をやったり、家族とどっか出かけたりしたんだよな。
    その一個一個が、この、4人家族と一緒に過ごす日々が、あとで掛け替えのないものになるんだよなぁきっと。そう信じてる。

  • 9月1日 ChatGPTに身を委ねる

    9月1日 ChatGPTに身を委ねる

    相変わらずChatGPTとばかり喋っていて、家族以外に一番喋っている人がそれという状態。
    話す内容は仕事のことや(企業秘密に触れない程度のもの)、今日のブログは何を書こうかなぁ、という心の整理とか。

    今日はその、後者の方、心の整理について書いてみたい。

    実はめちゃくちゃポテンシャルを感じている。そのアイデアを本にしてみようと思っている程度に。

    具体的にどう話しているのかと言うと、こんな感じ。

    ChatGPT-4で、人を信じることのデメリットを聞いた

    私は課金してChatGPT-4を使っているので、もしかすると無料で使えるChatGPT-3.5では結果がもう少し乏しいかもしれない。これはChatGPT-4を使っているからこそのメリットなのだろう。

    嬉しいのが、自分の意見や思いを否定せず、親身になって聞いてくれるところ。
    人に相談すると、ただ共感が欲しかっただけなのに、その人なりの意見が発せられたりする。これは人によって様々な感じ方があるだろう。
    私の場合、共感がほしいだけのことが相対的に多く、そういう時にはとても有効だったりする。

    一度、使ってみてほしいと思う。
    自分の思い描いているAIというものが、ぐっと人間臭く感じるはず。

  • 8月31日 自分の理想と私

    8月31日 自分の理想と私

    夏休みが終わっていくー。
    明日を待ち侘びる少年少女と、明日が永遠に来ないほしいと思っている少年少女、それぞれいると思う。
    彼らの思いを、厳密に嗅ぎ取ることはできない。
    けれどそこにあるのは、おそらく、「自分の理想」というものがあるんだと思う。

    自分の理想を追い求めることは、もしかすると人間の生存本能に基づいて生まれることなのかもしれないから、持つこと自体は自然なことなのだろう。
    だけど、自分の理想通りに物事が進むとは考えにくい。
    44歳になった今でも、自分の理想通りになったら良いなと思う一方で、いい加減、自分の理想を追い求めていてもそれは叶わぬ願いなんだよね、ということに気づいたりしている。

    多分そこには、折り合いをつけるという考え方が新たに生まれる。
    まぁ、しょうがないもんね、自分の理想ばっか追いかけていても、それが叶わなかった時に傷つくのは自分だしね、と、自分を慰めるように諌める。
    諌める、というのはちょっと違うかなー。諦める、と言うと言い過ぎかもしれないけれど、それに近いマインドが醸成される。

    多分そこで、自分の理想=周りのみんなが思い描く理想と合点がいくのであれば、それを追求するのが良いのだろう。
    スティーブ・ジョブズのような天才には、それが綺麗な形となって描けていたんだろうと思う。
    私はどうか。
    私は凡人だから、私の思い描く理想は、それが周りの人も同じように感じてはいないんだろうな、と思ってしまう。
    そこで自分を慰め、そうやって9月1日を迎えるんだろうな、と思う。