投稿者: hmgrbean

  • 7月19日 Chat GPT記念日

    7月19日 Chat GPT記念日

    今日はChat GPTの世界へ飛び込んだ。それを使って、テストや品質みたいなテーマで何かできないか、という上長からのオーダーの下。

    私にとっては寝耳に水で、だけどなんとなく、面白そうだなと思った。そして先陣を切ってる何人かの同僚に話を聞いて、より一層面白そうだなと感じた。私にとっては未開の地。世間を一時賑わせたChat GPTと仕事ができるなんて!光栄だ!

    と思って少し掘り下げたので、今日はChat GPT記念日。まだ何にもしてないけどね。

    どうやら彼は、喋れるんだけど、例えばテストケースを作るのにも、こちらの要件を1から10まで教え込まないといけないらしい。

    例えるなら、冷蔵庫にピーマン、トマト、玉ねぎ、トマトケチャップ、ニンニクがあります。パスタは冷蔵庫の外にあります。食べる人は、スパゲティが好きです。

    と、ここまで書いて、で、何を作ればいいですか?そのレシピと共に教えてください、と書くと、おそらくナポリタンのレシピが提案されてくるわけです。

    そんな感じで、既に実装されている要件とともに、今度新たに入る要件をきちんと書いてあげて(しかも社外秘情報は除いて)、それでようやくテストケースが出来上がってくる、と。

    パッと聞いた感じだと、そんなん手でやった方が早いんじゃないか、と思うんです。だけどそこで、テストを自動化したいので自動化スクリプトを作ってください、となるとそれが作られてくるわけです。

    そんな感じで、彼に情報を食べさせなきゃいけないということがわかりました、まできたところ。ここからどう攻めようか。楽しみです。

  • 7月18日 アルコール教

    7月18日 アルコール教

    軽やかに酔っている。
    帰宅してから缶ビールを1本と、ウイスキーをロックで1杯。現在進行形で飲んでいる。

    人はなぜ、身体に悪いとわかっているものを体内に入れるのだろう。
    それはもしかすると、お酒から享受される快感を求めているのかもしれない。
    快感?肝臓は悲鳴をあげているかもしれないのに?

    私はなぜ飲むのか。
    お酒を飲むと太ると言われている。
    筋肉が減ると言われている。
    寿命が縮まると言われている。
    脳が萎縮していくと言われている。
    こんなに悪いことばかりなのに、お酒を飲んで得られる快感を、なぜこんなに手に入れたいのか。

    快感というのは、どういうことだろうか。
    日中、息詰まっていた心を解きほぐしてくれているような気がする。
    今日を肯定し、明日への活力を注いでくれるような気がする。
    多分どっちも、気のせいのような気がするんだけど。
    だけどそれを信じて、今日も私はお酒を飲む。

    最近はノンアルコールのビールだったりハイボールを買って飲んでるんだけど、それらからは快感が得られないんだよな。
    アルコールの力ってすごい。
    信者になっても良いと思ってる。アルコール教。狂じゃないよ。

  • 7月17日 本を2冊借りた

    7月17日 本を2冊借りた

    久しぶりに森の図書館へ。
    流山には、「森の図書館」という名前の、素敵な図書館がある。
    ただ単に、周りを木に囲まれているだけの、図書館なんだけどそのねーミンスセンスが素晴らしいと思う。

    そこで2冊、本を借りた。

    借りた本その1: Python 実践入門

    最近Pythonに夢中で、プログラミングしているときはご飯すらいらない、と言うほどの情熱を傾けているところ。
    森の図書館ではこの本を見つけたので、思わず借りてしまった。で帰宅して早速Raspberry Pi でPythonのコードを書いている。そんな中、残念ながらRaspberry Pi がフリーズしてしまったので、めんどくさくなって電源をぶちっと切った。
    プログラミングはあくまでツールだから、それを使って何をしたいの?をきちんと考えておかないといけない。私は仕事でプログラムのテストを自動化させたいという目的があり、そのために必要なプログラムの知識を獲得しようとしている。

    最近、巷では「子供のうちからプログラミングを!」と聞くことが多い。私からしてみると、プログラミングで何をしたいの?というところをきちんと考えておかないと、そこをちゃんと考え抜く力をつけないと、宝の持ち腐れになってしまうのではないかと思ってしまう。

    と、思ってみたけれど、そんなこともないか。

    私は子供の頃、そろばんを習っていた。
    あれは頭の回転をよくするだとか、暗算を通して算数の計算を早くする、といった目的があったように思う。
    だけど私は、私の両親は、きっとそんなことを考えずに、私のことをそろばん塾へと送り出していたはずである。
    私はそろばん3級まで合格し、やがてやめてしまったが、数十年経った今でも2桁の足し算くらいなら暗算でやっつけてしまう。

    もしプログラミングで、ロジカルシンキングを学びたい、ということであれば、プログラミングを覚えるのではなく、ロジカルシンキングを学べば良いのに。
    ロジカルシンキングなんて難しい言葉を使うからよく分からなくなってしまうんだけど、シンプルに言えば「物事の道理」だと思うんだよな。
    お笑いが好きなら、お笑いのストーリーを考えてみるとか。どんな展開でストーリーを作っていけば、笑いが起きるのか。
    プログラミングを学ぶだけじゃなく、そうやっていろんなところから学んでいけば良いのに。

    借りた本その2: ローマの哲人 セネカの言葉

    今から2000年ほど前に生きたローマの哲人、セネカの本を借りた。
    ちょっと前に哲学の系譜みたいな本を読んで、その中に出てきた、くらいのイメージしかないのだけれど、私はそこから生きるための何かを学びたいんだと思う。
    今、生き詰まっているか?と自問してみると、その答えには、「あんまそんな感じでもないっすけどね」と答えそうなものである。
    なぜなら私には今一番私を虜にさせてくれるPythonがあるから。
    だから、今の私に効くような言葉が欲しいわけではないんだよな。
    恵まれてるな私。ここ数年、哲学みたいな本をよく借りては読んでいたけれど、それは何かに縋りたかったのかもしれない。
    何かに縋るほど、私は落ちていたのだろうか。
    過去は変えられないから、そんなところでクヨクヨしていてもしょうがないんだけど。

    過去は変えられないけれど、過去に起きた物事に対する考え方は変えられるはず。
    考え方を変える時に、本を読んだり、他の人から話を聞いたりして、自分以外の考えを取り入れることって、自分の器を大きくさせていくことだと思うんだよな。どっかの受け売りだけど。

  • 7月16日 ときめくかどうか

    7月16日 ときめくかどうか

    足るを知る。
    物欲はキリがないけれど、それは今の私に足りないと勝手に考えているからであって、実際はそんなことなくて、単純に「今持っているものに飽きてしまった」ということなんだと思う。
    飽きてくるのはしょうがないことなんだろうなぁ。
    慣れてしまって、その物から刺激を受けることが少なくなってきた、ってことが根底にあるんだと思う。
    そうやって、物事に飽きて新しいものが気になってくるからこそ、この消費社会が成り立っているんだよなぁ。

    こんまりさんが書いた本の中では、心がときめくかどうか、というのを一つの観点として挙げていたんだよなぁ。
    ときめくからまだ持ってる、逆にときめきを感じなくなったら、もうそれとはさよならをする、といった具合に。
    その時に、ものから離れにくい人ってどうしたっているんだよね。
    いつか必要とするかもしれないから、といった具合に。
    断捨離の精神では、過去1年間で使わなかったものはこの先もずっと使わない、と割と強い姿勢を見せていた。
    私はちょっとそこはダウトだと思っていて、3年経った今、急激に必要になりました、みたいなことだってよくあるんだよな。
    捨てる時にはそういう、次必要となった時には書います、という覚悟とともに捨てるわけだけど、それって自分の財産を削って買ったものなのに、もう1度財産を削ることになるわけだから、勿体無いなぁ、と感じてしまう。

    いや、だからこそなのかもしれないけど、次必要となる時にはもう買わないで、代替品や、もしくは、それが必要とならない生き方を考えていけば良いのかもしれないよなぁ。
    一度捨ててしまったものとは、それっきりの縁でした、となるわけだし。

  • 7月15日 最近欲しいと思っているもの

    7月15日 最近欲しいと思っているもの

    昨夜も飲んで帰ってきた。
    最近は肝臓を酷使しているような気がして、少し労わってあげないといけないなと思ったりする。
    健康なのって貴重だもんな。
    今日はお酒を入れず、炭酸水で過ごそうと思う。

    そうそう炭酸水。
    自宅で作る炭酸水に興味があって。
    いくつかのブランドを調べたり、実際に家電量販店に行って実物を見て見たりしている。
    夏だけかもなぁ、とか思ったりして、なかなか踏み切れない。
    買っちゃうと、それに縛られる気がして。

    なぜそれを買おうかと考えたのかというと、炭酸水のペットボトルを捨てるのが面倒だと思ったから。
    また、ペットボトルを使わない生活という観点からも、良い意識漬けになるかなと思ったりしてて。
    2万円くらいの初期費用と、数ヶ月で替えるボンベのお金がかかるので、その辺りもちょっとネックかな。

  • 7月13日 彼のこと

    7月13日 彼のこと

    自分に寄り添うことが、必要なんだと思う。
    周りからの非難を間に受けて、人生を終わりにしてしまう人が本当に多い。
    そうさせてしまった人たちを責めることはここではしない。
    私は、その道しか選ばなかった人のことを考えていきたい。

    周りからとやかく言われる時って、往々にしてある。
    その、匿名の非難をどうやり過ごすかは、この世の中を生きる術の中でも必要なものだ。
    時には逃げることだって大事だと、最近は聞くようになってきた。
    私が子供の頃は「なるべく学校は休まない」「辛くても前を向く」と言われて育ってきたから、44歳になった今でも、有給休暇を使うことに躊躇してしまう。
    自由に取って良い権利なのにね。
    休んだら休んだでまた悶々としてしまう。その日まる一日、本当だったらずっと布団の中にいたって良いのだ、と頭では考えるのだけれど、せっかく休みを取ったのだから何かしないともったいない、と行く当てもなく街をぶらついてみたりして、その、何かに追われている感覚を払拭させる。その結果疲れてしまい、そして何の成果もなく、こんなことなら休まなきゃ良かったと後悔してしまう。
    人生ってそんなことの繰り返しなのかもしれないけれど、そこで、冒頭に書いたように「自分に寄り添うこと」という目線で、自分に接する必要があるんだと思う。
    自分を甘やかす、と言ってしまうと言い過ぎかもしれない。
    だけどその甘やかすレベルって人それぞれで、休日にランニングをすることが快感となる人だっているし、一方でランニングなんて苦痛だ、と思う人もいるだろう。
    だから、自分を甘やかすことなんて自分の裁量で適当に決めたらいいんだと思う。
    辛かったら、SNSをやめたら良かったのだ。
    もっというとスマホをぶっ壊して、SNSに没頭したいという欲望を払拭して、外の景色を見たり、家族の笑顔を見たりすれば良かったのだ。
    何を言っても遅いけど。

    かく言う私も、同じように数ヶ月前に「生きてても全然面白くない」「どうせ全部人生の暇つぶし」だと考えていた。
    今でもたまーに、そんなことを考えたりする。だから、と言っては過言だけど、彼の気持ちが少しだけ分かる。
    生きててもつまんないもんね。
    だけど今はちょっとだけ考え方を変えるようにしている。
    面白くない、とか、暇つぶしだとか考えるのは私の勝手で、本当はめっちゃ面白いことを体験しているのに、どこか中途半端に取り組んでいる自分がいて、その瞬間を最大限に楽しんでいないようなことがあったのだ。
    だから、その瞬間を、最大限に楽しむようにした。
    ランニングもそう。ご飯を食べるのもそう。寝るのもそう。
    自分ばっかり楽しんで申し訳ない、みたいな後ろめたい気持ちを持つのも違う。申し訳なくない。自分の人生なんだから、自分が楽しまなかったらそれこそ意味がなくなってしまうだろう。

    彼の冥福を、切に願う。
    彼がこの世に残したものが、多くの人の心に、片隅にでも残ったら良いと思う。

  • 7月12日 今日も自動化

    7月12日 今日も自動化

    今日も自動化。
    なんとなくぼんやりとした目標みたいなものがあるけれど、それを小さなステップに分けて進めると自分の中での到達点が見えてとても良い。

    というかプログラミング、好きだ。これで食べていきたいと思ってしまう。
    ITのエンジニアってある程度経験が積まれていくと、人をマネージする系と、技術に尖っていく系に分かれるんだけど、私は後者だなー、とつくづく感じる。
    人を相手にするよりも、プログラムを相手にする方が好きなんだなぁ。

    今日学んだこと

    • CucumberのGherkinで、テスト条件パターンを表みたいにして実行すること
    • ウェブサイトの表示でどの程度待つか、それをExplicitly wait で待つこと。これによってWebサイトのロード時間を待つように指令を入れることができるようになった。
    • テストの止め方。これはVisual studio codeのボタンを押すだけなんだけど、テストケースが多くなってくるにつれて自分のMacが占有されてしまった状態で最後まで待たないといけないので、途中で間違いに気づいた時に止めることができるようになって良かった。

    あんまり分かってないこと

    • Pythonでの、Assertionの入れ方。テスト自動化なので、期待結果があって、それと比較して正しいかどうかというアクションを入れたいんだけど、それがうまく入れられてないから、ただステップを実行するだけになっちゃってるんだよな。
      XPATHで、項目が選択されている場合は「ちゃんと選択されてまっせ」的なコメントを出して、その後スクリーンショットを撮るようにしてるんだけど、そのコメントが出てなくて、さらにスクリーンショットも残されていないんだよな。
      ここがちゃんと解決されてないと、テスト自動化としてはまだ合格点にいかないと思ってて。明日も調べつつ、解決に向けて頑張っていきたい。
    • ある会員データを入力するところで、DBにSQLでアクセスしてテストの目的に合うテストデータを持ってきて入力したいんだけど、そんな感じでDBにアクセスするところが分かってない。ここはまだ細かいステップが刻めていないので、まずはそこからかなー。それまではハードコードでやってくしかないかなと思ったりする。
    • Gherkinで、GivenとWhenの間にある時にどんなふうにステップを刻めば良いか分かってない。普通にExcelとかで、手動でテストケースを描くように書いてっちゃダメなのかなぁとか思ったり。
  • 7月11日 何度目かのテスト自動化にトライ

    7月11日 何度目かのテスト自動化にトライ

    今日はセブンイレブンの日か。

    今日はPythonを使ったテスト自動化を勉強する時間があった。独学で。
    広大なインターネットの海を泳いでいれば、調べ方さえきちんとしていれば、ある程度確信度の高い情報が集まるよなー、と思っている。

    やっているのは、Python、Selenium、Behave(Cucumber)のあたり。
    これからの時代は自動化だよなー、と10年くらい前から考えていて、そうなると私はテストを自動化するエンジニアへと目指していくべきなんじゃないか、と思いつつ、だけどプログラミング言語を覚えるのがなー、そこが学校とか通えば良いんだろうけど、腰が重たいんだよなー、と思いながら、ほんとに10年くらい経ってしまった。
    2013年頃に、Pythonでしょ!と自分の中で決めた部分があったので、その部分で発生した熱を冷ます事なく、自分なりに地味に勉強していったら、今とは違った世界が見えていたかもしれない。
    たらればだからさ、そんな仮定の話をしていてもしょうがないんだけど、2013年にPythonを使ってテストを自動化するスキルを身につけていたら、今よりも尖ったテストエンジニアになっていたかもしれないなぁ。その頃Pythonがまだ流行り始めだったような気がするし、テスト自動化についてもまだそんなに、って感じだったからなぁ。
    時の流れというのは早いものですね、とぼんやりしてしまっている。

    だけど違うんだよ、今ここで、また何度目かの炎が生まれているのは確かなんだから、それを、今度こそは温め続けて、いつか大きな炎へと変えていきたいと思っているんだよ。
    今度ばかりは本気だぞ、と何度口にしただろう、だけど今度こそ、という気分でいる。
    小説を描くのと同じで、毎日でも地味にやってったら良いんだよなぁ多分。
    そうすることで、昨日学んだことを忘れないはずだから。
    そしてここで、今日の成果を書いていけば、それがまたモチベーションとなり、明日も頑張ろう、となるような気がするから。

    今日学んだこと

    • Pythonを使ったChromeの起動
    • Behaveの文法(Given, When, Then)
    • Featureファイルと、Step definition のフォルダ構成
    • Seleniumでの、find_element
      これちょっと罠にハマったんだよなー。
      XPATHでfind_elementしたかったんだけど、これ最近?のSeleniumの仕様で表現が変わったらしく、それに気づかずにうんうんと唸り続ける時間帯が辛かった。
      ちなみに現行仕様だと driver.find_element(By.XPATH, “”)が正しい模様
    • Pythonでプログラムを止める方法(time.sleep(10))
    • Pycharm ではCucumberのfeatureファイルを実行できず(プロだけの仕様らしい)、結局COT Editorとターミナルで動かしている。IDEなんて知らんわ、と言う気分で
  • 7月10日 成長したいと考えることは、きっと自然なことなんだよ

    7月10日 成長したいと考えることは、きっと自然なことなんだよ

    時間は止まってくれない。
    つい最近、「今年も半分が過ぎてしまったかー」と思ったばかりだったが、そこからさらに、残りの6分の1のうち、3分の1が終わってしまった、ということになる。
    生活は高望みせず、自分の手が届く範囲で暮らしているから、何一つ不自由のない気持ちで過ごしているけれど、それでもこうやって一日一日を無意識のうちに過ごしているとなると、少しだけ歯痒くもある。
    だけどこの、なんとなく日々を、時間を無駄にしていやしないか感というのは古代ローマ時代の頃からあったというし、そこから数千年を経た現代でも同じようなことを考える人間は多いと思うから、人間の思考っていうのはあんまり進歩していないかもしれんよね。

    日々を、時間を無駄にしていると感じるのは、良いことなのだろうかね。
    これは言い換えるとマンネリ感だとか、そういう壁にぶつかっている時なのかもしれないよなぁ、と考えたわ。
    今という現状を打破したいと思う気持ちが根底にあって、それに引きずられるようにして「今のままじゃダメだ」と考えるようになっているのではないだろうかね。心理学とか勉強したことはないのだけれど、なんとなくそんなふうに思ったりする。

    別に、今のままでもいいんじゃないの、と思う自分もいるけどね。
    上述した通り、今の生活に対して不満を持つことなく、ぼんやりと過ごせているのだから、この生活を守るような生き方をしていければ良いのではないだろうか。
    知らんけど。

    けど、人間って成長する葦って、かの有名な人が言ったように、死ぬまで成長できる生き物だと思ったりしててさ。
    身体的な成長は歳をとるにつれて緩やかになっていくだろうけど、そこから先は気力が成長していくのではないかな。
    私は44歳で、今、もしかすると、後から気づくのかもしれないけれど、気力・体力その他諸々の力が共に、充実しているタイミングだと思ってやまないんだよなぁ。

  • 7月9日 完璧な自分像って、自分の持つ価値観の塊

    7月9日 完璧な自分像って、自分の持つ価値観の塊

    木曜日、金曜日と飲み会が続き、家に着いたのはいずれも0時を回っていた。
    そんな暴飲暴食の2日を経て、この土日は気持ちと身体を休める休息日とした。
    飲み会は嫌いではないんだけれど、やっぱりどうしたって気を遣ってしまって、途中からは酒を飲んでいるのか、それとも酒や空気に飲まれているのかわからない状態になってしまう。そしてぐったりする。
    疲れ切った時は、本当に誰とも話したくない、そんな気分になったりもする。
    家族ですら最低限の会話。生きるためには会話、そしてそういう社会生活を営むことが必要だよね、という程度の会話。
    そんなこんなを繰り返して、ようやく日曜日の夜を迎えることができた。
    多分、この状態であれば明日会社に行けるだろう。果報は寝て待て、という言葉もあるけれど、期待をせずに明日を迎えたいと思う。

    そして飲み会でも良く聞くフレーズなんだけど、「あの頃はよかった」と振り返り、そのころを思ってお酒を飲む、みたいなやつ。
    あれって願望なんだろうか。
    今の現実を否定することになると思うんだよね。
    自分は、自分の味方であるべき、とこの間読んだ本から学んだんだけど、であれば、あの頃から変わってしまった自分だけど、そこがまた可愛いんだよね、と自分を肯定してあげる必要があるのではないだろうか。
    私もそうだけどね。高校の時とか、大学の時とか、戻れるなら戻って、バンドやったりバイク乗ったりしたいよなぁ、とか考えちゃうけどね。
    過去の、どっかのタイミングで生きていた自分が、今の自分が考える「完璧な自分」なんだとしたら、どうだろう。
    その頃の自分に嫉妬し、今の自分を嫌いになってしまうのだろうかね。
    今の自分、そんなにイケてないか。
    過去と他人は変えられないけれど、未来だったら変えられるんだよね。
    未来を、その「完璧な自分」を超えるくらい、素晴らしい自分像を作り上げることができたら、もっと最高なんだろうな。
    完璧な自分像って、自分の持つ価値観の塊だよな。
    もしかすると、今を精一杯生きている自分も、十分に完璧な自分ということができたり、しちゃったりしないだろうかね。