1日目


250円。道の駅って植物が安くて良いですよね。こんなのでもいいお店で買ったら1500円とかするもんな(想像です)。

小ぶりなんですけどね。とりあえず水に浸けてみます。きちんと育てられるかなぁ。しばらく楽しみたいと思います。


もう2年くらいかけて書いていて、思いついた時に書いているので遅々として筆が進まないのです。
その間に小説を読んだりして新しい考え方を知ったり、天から降ってきたアイデアを活かして書き直したりしていて、ほんとうにカタツムリの進むスピードなのかもしれません。
いや、カタツムリはちゃんと前を向いて進んでいるから、カタツムリと一緒なんて言ったら彼らに失礼なのかもしれないです。
自分の書きたい時に書いているから良くないのであって、何かの賞に出すために書いてるんだから、その賞を見定めてそれに向かって書いていけば良いのかなぁ。
私はいったいなんの賞に出したいのだろうか。
と思って調べてみたところ、いくつかの文学賞で候補に上がったり、選ばれたりすると良いということがわかりました。
例えばこれ。文藝賞。
文のボリュームは40000字から80000字の間と幅が広そうです。
私が今書いているものは既にこの間にはいるんだな。まだストーリーが終わっていないから、もっともっと増えるような気がするけれど。
私はどちらかと言うと文章の美しさに興味があり、なので芥川賞を目指すくらいの感覚でいるといいんだろうなと常日頃考えています。


休日は、平日で被った仕事の疲れを癒すためにあるべきです。
休日に予定をガンガン入れる人、なるべく予定を入れたくない人、それぞれだと思います。
予定をガンガン入れて誰かと会う、どこかで過ごすという場合、これは自分以外の人と関わることで現実から逃避し、平日の仕事に打ち勝つためのパワーを充電するんだろうなぁ。
私はどちらでも良くて、これってもしかするとHSS型HSPの特徴なのかもしれないですが、家族でどこかに行って何かを体験するとか、または自分でこんな感じで日記を書くことで自分の気持ちを可視化するとか、そんな感じで平日の仕事から離れているような気がします。
てか、そんなに重要なんだろうか、仕事って。
私は重たく捉えてしまうのかもしれないです。仕事のために英気を養うってさ、なんか休日を犠牲にしている気がするよね。
休日は休日で、余暇なんだから、自分のしたいことをするべきでしょ。
そう考えてみると、今日は昼にパスタを料理して食べたし、さっきメダカの水槽を掃除して気持ち良くなったし、実は仕事で被った疲れっていうのをあまり気にしていないのかもしれません。
今年は手書きの手帳を使っておらず、それはそれで自由な感じがして良いんだけど、一方で今年4月にどんなことを考えて、やってきたのかを思い出すのが難しいです。
いや、全部の記憶を背負って死んでいくことはできないんだから、自分にとって気持ちの良い思い出だけを両手で抱えていければいいんだろうなぁ。
人の記憶をコントロールするのは難しいですよね。
嫌だった過去、忘れたい過去はそれを時々思い出してしまうからこそ、いつまで経っても忘れることができないと言います。
そんなことをいつまで経っても忘れずにいるのをやめて、楽しかった記憶を定期的に思い出してみることが、人生を明るく過ごすのに必要なことかもしれません。


まだまだたくさん生えていますが、ダイソーで50円で買ったのでもうすでに元は取れた気がします。
写真を撮っていないけどバジルも同じくらい収穫しました。
ベランダ菜園、楽しいですね。