投稿者: hmgrbean

  • 9月2日 やる後悔とやらない後悔

    9月2日 やる後悔とやらない後悔

    人間最大の敵は「めんどくさい」と思うこと。
    なぜ、人間はめんどくさいと思ってしまうのでしょうか。
    気分が乗らない時、なんとなく体を動かすのが億劫な時などに、めんどくさいと言い訳をして物事を手に持つのをやめてしまう。
    それでいったい、どれくらいの時間を無駄にしたんだろう。

    やる後悔とやらない後悔では、後者の方が後悔の度合いが高いという話をよく耳にします。個人的にはどっちも同じくらいの度合いの強さな気がしています。
    やる、方は自分から動くということ。その先に、失敗があるとも知らずに、自分の持ちうるパワーを発揮して物事を成功へと導くべく力を注ぎます。
    一方、やらない、方は動かないという選択肢を選んだ場合のこと。動くことで失敗が見えていると予測し、だったら動くのをやめよう、と考えて結果を待つ時にはこっちですね。
    また、ここには「めんどくさい」という考えも含まれていたりして、要はダルいから動くのやめよっと、ということになるのかと思います。

    さて、やる後悔とやらない後悔では、私はどっちも同じくらい後悔の度合いがあるんじゃないかと前述しましたが、それは、やる後悔の方って自分でエネルギーやお金を使って行動を起こしたという点を考慮すべきだと思うからです。
    エネルギーとか、お金が無駄になっちゃうので、それを回復させるために時間が必要だったりします。だから、やる後悔の後に、それを回復させるための時間を考慮すべきなのではないでしょうか。
    逆に、やらない後悔の方、それはマイナス点として「行動しなかったことで経験が積み上がらない」という点に注目しているような気がします。
    そりゃ、できることならいろんなことを経験して成長していくべきでしょう。
    だけどそれは意識の高い人がやるべきで、私みたいにあんまそういうところに着目していない人にとってはやらなかったことで減らなかったエネルギーやお金を、違うことに回せることだってできるのでしょう。

    最近の私の事情でいうと、会社の同僚から山登りに誘われていて、確かに数年前から山を登ってみたいと思っていたところだったのですが、それにはデカいリュックや、小さくなるテント、トレッキングシューズなど、様々なギアを買わないといけないのです。同僚曰く、トータル10万円くらいかな、ということでしたが、それを買ってしまうと私は山登りを趣味にしなくてはいけなくなります。また、うちはマンションなのでそういうものをしまっておくスペースのことを考え、計画的に進めていかなければいけません。
    そういうところから、結局はそのお誘いを断ってしまいました。
    本当は行きたかった。だけどそれの代償になるものがちょっとある、という瀬戸際で、私はやらない方を選択したのです。この選択がどんな後悔につながってくるかは未知数ですが、生暖かく見守っていきたいと思います。

  • 9月1日 悩む人 高橋秀実 ★★★★☆

    9月1日 悩む人 高橋秀実 ★★★★☆

    図書館で借りました。
    人生相談のフィロソフィー。悩む人。高橋秀実さん。
    この作者のことは存じ上げなかったんだけど、書いてある文章がとても砕けていて読みやすかったです。

    私はなんとなくニーチェが好きで、彼のこともこの本に書いてあったのでもうちょっと深めてみようと思ったのが借りた経緯になります。

    永遠回帰という考え方

    過去、あぁしておけば良かったと人間は考えがちで、私も数え切れないほどの失敗を経て今に至るわけですが、それを生かしてこれからは失敗しないようにしよう!と考えても結局は、また何か失敗をしてしまうんですよね。
    お酒を飲みすぎて泥酔してしまうとか。これは最近よくある私の失敗で、だから飲みすぎないようにしようと心に誓うのですが、それでもまた、案の定飲みすぎてしまうとか。失敗って分かってるんならもうすんなよ、とメタな自分が自分に呟いたりしています。
    この本ではその辺りにも触れていて、私は「悩む人」の代表格でもあるので、ズーンと心に響くものがありました。

    そもそも私たちが考える「時間」も定時法という一種の約束事に過ぎないわけで、約束事を外してみれば、ニーチェが言うように「砂時計のように、何遍もひっくりがえって、はじめにもど」(ツァラトゥストラはこう言った(下))っているような気もする。私たちは「時間の経過」などとよく言うが、時間が経過しているわけではなく、経過を確かなものにするために定時法の「時間」を作り出し、それを前提とすることで「成長」や「進歩」、さらには「目的」や「目標」という概念を正当化しようとしたのではないだろうか。

    時間という考え方をはずして考えてみよう、という突飛なアイデアはかなり独特で、それくらい私たちの生活に時間が密着しているわけですが、確かに私は何度も同じ失敗を繰り返しているし、そこから学ぶことはあれど、自分という器が少しずつ大きくなってまた新たな生活を繰り返すことになるんですね。

    私は、永遠に繰り返して、細大漏らさず、そっくりそのままの人生に戻ってくるのだ。(ツァラトゥストラはこう言った(下))

    人生は永遠に繰り返す。
    ただしその過程で手に入れた経験を糧にして、もう一度!と同じ経験を繰り返すってことなんだろうなぁ。
    だけど人間は成長するから、今度こそ同じ間違いを繰り返さないぞ!と思うわけで、それで成功したらオッケー、もし同じ間違いをしたとしてもそのまた次には失敗しなければ良いわけで。
    もしくは、それを失敗と捉えずに、エジソンのように「うまくいかなかったやり方に気づく」と考え方を変えてもいいんだろうなぁ。
    これが私の理解する、永遠回帰という考え方でした。もしかしたら捉え方を間違えているかもしれないけれど。

    事実と解釈

    現象に立ち止まって「あるのはただ事実のみ」と主張する実証主義に反対して、私は言うであろう、否、まさしく事実なるものはなく、あるのはただ解釈のみと。 (権力への意志 下)

    なかなかかっこいい考え方だと思いました。この言葉に出会ったのは10年くらい前でしょうか。私はこの「事実」と「解釈」と言う考え方が好きで、ある事実に対して1000人いれば1000通りの解釈があるわけで、たとえば2011年に大きな地震がおきました、そこから得られた解釈は日本国民それぞれ違うわけですね。私はあれで防災の大切さを考えましたし、また、私の家族はそういう天災に巻き込まれないと嬉しいみたいなことを思ったりもしました。

    そこまで言ってしまうと単なる開き直りのようだが、時間軸が円形で実は同じことを繰り返しているのだとしたら、「事実」とは事柄を直線上の時間軸に配置した一つの捏造に過ぎず、同じことをどう解釈したいのか、と言う欲求の反映になる。(213ページ)

    事実は捏造の一つである、という考え方もなかなかキレがあるなぁと思いました。確かに捏造なのかも。事実を正確に捉えるのって本当に難しくて、それは自分の解釈が挟まってしまうからで、ああすれば良かった、こうすれば良かったと言うのが挟まってしまうことで、事実は捻じ曲げられてしまうんですね。
    そう考えると、私が今まで起こしてきた失敗というのも、私は失敗と捉えているからそう見えるだけで、事実として、たとえば私が酔っ払って記憶を無くしてしまうとか、それによって私の家族が何か抱いた思いというものが、家族それぞれの解釈が挟まっているから、本当の失敗というのが、どんなものなのか分からなくなってきました。
    もしかしたら、失敗なんてものはなくて、私がそう捉えているだけだから、その枠を取っ払って考え方を変えてしまうか、もっというとその「私の考える失敗」というものを忘れてしまうことも良いアイデアなのかもしれません。
    どこまで考えれば良いのかわからず、際限なく自分の思考が続いていくように感じます。これこそが哲学ってことなのかもしれない。
    いい本に出会いました。

  • 8月30日 そういう日もある

    8月30日 そういう日もある

    そういう日もある。
    自分に何かを諦めさせようとするこの言葉。
    この言葉は不思議な魔力を持っていて、それは言霊とも言えるのかもしれないけれど、そういう日もある、と自分に言い聞かせることで、私が今日やってきたことであまり上手くいかなかったことがあったとしても、それを水に流してしまおうという魂胆なのだ。

    私は常日頃から考えていることがある。それは、自分の中で障害となっている物事に立ち向かう必要がある場合、ある程度のパワーを必要とするが、それに打ち克つには大量のパワーが必要だということ。そのパワーを充電する余地がある際、何日もの日々をやり過ごし、パワーがみなぎるのを待つ。その際、私は気が弱いところがあり、待ちきれずにその障害のことを案じて不安になり、パワーがみなぎる前にそれを諦めてしまったりすることがある。
    気が熟す、と昔から言われている言葉を信じ、それを待つということも自分の仕事(仕事というのは給料をもらうための仕事ではなく、人生を賭けた仕事のほうの意味)なのだろう。だけどそれを待つことができない。もしかすると私はせっかちなのかもしれない。そういう時にこそ、「そういう日もある」と自分に言い聞かせることが肝要なのではないだろうか。
    また、障害に真っ向から向かうのではなくどこかを迂回して進むなどの戦略を考えることも必要だったりする。ただ真っ向から勝負し成功するのは、よほど自分に自信がある時のみだけだろう。その、対症療法ともいえる戦略を駆使し、障害を少しずつ削っていくことで、だんだんと小さくなっていき、気づいたらひょいっと乗り越えることだってできるかもしれないのだ。
    そう考えると、戦略というのは非常に重要で、特に今の自分の実力では到底敵わないような物事に対して綿密な戦略を考え、それを粛々と実行し、やがて打ち克つことができるだろう。

    戦略と聞くと、例えば国同士が戦うレベルでの戦争や、スポーツの世界で良く言われることのように思うが、実は自分が挑もうとする課題に対しても有効なのだ。こんなに身近に、戦略を立てることの重要さがあるとは。この投稿を執筆する中で気付けて良かった。

  • 8月29日 失敗から学ぶこと

    8月29日 失敗から学ぶこと

    ベランダでタバコを吸っていると、急に猛烈な雨が降ってきた。
    それはまるでお盆をひっくり返したかのような勢いで、私は驚き、ただ呆然と空を眺めることしかできなかった。
    自然の脅威。言葉で表すといかにも安っぽい印象のあるそれは、今まで幾度となく人間を恐怖のどん底に陥れてきた。今、日本で暮らしている人の大半の脳裏に焼き付いているのはやはり、宮城県沖で起きた2011年の大地震だろう。あの頃を思い出すと、日本はこの先どうなってしまうのかという不安に苛まれていた日々を送っていたように覚えている。私は仕事先のオフィスから自宅まで数時間かけ、徒歩で帰宅した。
    途中、大きな橋を渡る時、先が見通せる角度のところを垣間見ることができたのだが、まるで亡霊が三途の川を渡るように、皆一様に、前をぼんやりと眺めながら歩みを進めていた。
    あれは地獄だったと言っても過言ではないかもしれない。事実、私よりも震災被害の多かった地域の人の中では、自分以外の家族がみんな行方不明になってしまい、途方にくれた人もいたであろう。家族と、さよならも言えずに永遠に引き裂かれる思い。その人の心境になって少し思いを巡らせてみようとしたけれど、今の私が、私の家族と離れ離れ、一生会えないということを考えただけで胸が苦しくなった。
    そうやって考えることすらも地獄の一つなのかもしれない。
    逆に、今ここに家族と一緒に過ごせていることが一つの奇跡で、幸せを体現しているようなものだから、それをきちんと噛み締めて生きていくべきであろう。
    そういう私ではあるが数年前、自ら命を殺めてしまいたいと思うことがあった。あれはどのような経緯でそう思い至ったのか、あまり詳しく覚えていないし、もしかすると思い出したくはない出来事なのかもしれないけれど、今考えると、その、一時の衝動みたいなもので自分の命を殺めることなくやり過ごせて良かったと思う。今の、私の家族を含めた、私を取り巻く環境がものすごく幸せで、それを噛み締めることができなかっただろうから。
    と、今ではそう思うのだけれど、あの頃の自分のことを思うと、それが最善だったのかもな。それくらい私は追い詰められていて、大好きな家族に気を回すことなんてできていなかったかもしれないな。
    そう考えると、人間が抱く気持ちにも天災のような出来事が意図せずやってくるのかもしれない。こっちは全くもって準備なんてしていないのだから、そいつがやってきたことで自分の気持ちをうまく整理、コントロールすることができず爆発し、自分の意識では取り返しのつかないような事態を招いてしまうのかもしれない。
    それは、その時点で見てみると、決して良いことではないように思う。だけど人間はその出来事を生かし、成長していくではないか。
    それが糧となり、同じような事態がやってきた時に、ものすごく高い防波堤を作ることで、その波を抑えることができるのではないだろうか。
    なんでもかんでも物事をポジティブに捉えるのは個人的にはいただけないのだけれど、そうやって考えると、津波から学び、次からは失敗しないようにすることができるはずだ。人間だもの。

  • 8月16日 あすけんのプレミアムプラン(半年)に登録しました

    8月16日 あすけんのプレミアムプラン(半年)に登録しました

    ここ数日、痩せたいスイッチが入っていて、5日連続で身体を動かす日々を過ごしています。と言っても会社の同僚とフットサルをしたり、エニタイムで10km走ったりする程度ですが。

    と言うのも、私、脂肪肝を持っている身体なのです。
    お腹が出てる、と一言で表すとそういうことになるんですが、お腹と言っても下腹部ではなく、肋骨の隙間からちょっと下あたり。そこがすごく出ています。
    ちょっと調べてみると、肝臓がその辺にあるんですよね。胃袋の後ろに。
    「あなた脂肪肝ですよ」と健康診断を受けるたびに言われはや3年。
    その前までは綺麗な評価Aだったので、一気に急降下してしまいました。

    このままでも良いのかもしれませんけど、私、個人的に、自分の身体がぶよっとしているのがどうも気に入らなくて、去年の年末くらいから自宅近くにある24時間やってるジムに通い出しました。
    それまでもランニングを定期的にやっていたんですが、お金を払うことで強制力を発揮し、自分の糧にしようと思い至ったのです。
    で、始めた頃はランニングばかりやっていて、そのうちに会社の同僚にジム行き始めたんすよね、って話したら彼は筋トレをやっているそうで、言われてみると腕の筋肉がめっちゃ太かったんですが、ただランニングだけやっててもダメ、きちんと筋肉をつけないと、と言われたのがだいたい3月くらい。
    そこから筋トレも始めて、なんとなく自分のペースを掴めるようになってきました。

    だけどそこからが続かない。
    近頃は2週間まったくジムに足が向かない日々があったりして、また会社の同僚たちと週に1回の飲み会が定期的に催されていてお酒をがぶ飲み。そんな生活を続けているうちに、お腹が出てくるようになりました。
    そこで一発奮起して、目標体重になるまでなるべく毎日ジムに通おう、と思ったのが先週の週末。
    今日はあいにく台風なので気持ちがだいぶ後ろ向きなのでアレなんですが、そんなことをぼんやり考えているうち、Googleで脂肪肝、と検索してみるといろんなダイエットの記事が。
    その中で、一番手っ取り早く手をつけられるダイエットが「レコーディングダイエット」だと。
    は、そりゃそうか今からでも始められるもんな、と思って数年前に入れたっきりのあすけんを開き、今日食べたものをぷちぷち入力してみました。
    今日は朝にフルグラヨーグルト、お昼に納豆ご飯、間食でまたフルグラヨーグルトみたいな感じで過ごしてきたのですが、そんなことをしているうちに、プレミアムコースのおすすめが表示されました。
    半年で1600円。毎月のジムがだいたい8000円なので、それに200円くらいをプラスするだけでいいのか、と頭を切り替えてみました。
    レコーディングダイエットって岡田斗司夫さんが考案したものでしたっけ。
    私はオネアミスの翼で育った過去がありますので、彼の発案したものに悪いものはないだろうと勝手に括り付け、清水の舞台から飛び降りたつもりで1600円を払いました。
    居酒屋だったらお酒2杯と一品料理が1つ2つくらいいただけるくらいの値段でしょうか。
    まぁ、今の私は標準体重から10kgくらいオーバーしているので、まずは標準体重となる65.8kgを半年でクリアすべく、気持ちを新たに頑張っていきたいと思います。

  • 読書感想文 瀬尾まいこ 君が夏を走らせる ★★★★★

    読書感想文 瀬尾まいこ 君が夏を走らせる ★★★★★

    <このブログにはネタバレを含んでいます。ご自身の責任においてご覧ください>

    何年かぶりの星5つです。
    この前に取ったのはなんだったか。三浦しをんさんのまほろ系だったかもしれません。

    Kindle Unlimitedで読みました。

    面白くて通勤中に一気読みしてしまいました。
    この物語は、16歳の男子が、先輩から頼まれて先輩の子供、1歳10ヶ月の子供をベビーシッティングするという、割と突拍子のない物語です。
    私は2人の子供を育ててきた経験があるから、主人公にめちゃくちゃ感情移入してしまって、彼の一挙手一投足にハラハラドキドキしてしまいました。
    最初はどちらかというと不良の男子だったんだよね。
    それが、子供と触れ合っていくことで自分が本当にやりたかったことみたいな、自分の感情をきちんと拾っていく過程がとても緻密に描かれていて、とても良かったです。
    最後の頃に、彼女はきっと俺のことなんて忘れてしまうだろう、っていう箇所がありました。
    確かにね。1歳10ヶ月の頃の記憶なんてあっという間に消え去ってしまうだろうから、確かにその通りなのかもしれないけれど、主人公がもたらした料理の楽しさや、公園での遊び方、何かに直向きになる姿といったあたりを見せてあげることができたのは、大きな功績なんだと思います。
    それにはまず、子供を大切に扱う、極端にいうと愛してあげるみたいなことが必要で、それを持っていた彼に先輩が託した気持ちっていうのは、おそらく、メロスとセリヌンティウスのような間柄だったのかもしれません。

    しかし瀬尾まいこさんってすげーな。
    先日のレビューでは星4つでした。それまでは、なんというか大きな物語の展開が少なくて、日常を丁寧に綴るところに物足りなさを感じていたんだと思います。
    だけどさ、話って、別に強弱をつければいいってもんじゃないですよね。
    それを表現してくれたところに、もう脱帽というか脱いだ帽子をプレゼントしたくなるような気分になります。

    惜しむらくは、私の子供達の、1歳10ヶ月の頃の記憶を、私が思い出せなかったこと。
    うちは男の子なので、性別的に合ってないから物語の中のような行動や仕草をしていなかったかもしれません。
    だけど、きっと、同じようなシチュエーションはあったはずで、そういうところを私がきちんと覚えていなかったところが、とても残念でした。
    全部の記憶を持ったまま生きていければいいんだけどなぁ。
    そんなん難しいですもんね。

  • 8/15 お盆が終わる

    8/15 お盆が終わる

    外資系の会社に勤めているせいというのもあってお盆に決まって休みというわけではない私は、今年は実家に帰らずに仕事をしています。
    これまでも何回かあって、その度に少しだけご先祖様に申し訳ない気持ちがありつつも、しょうがない自分の生活を守るためだと割り切って、仕事を優先している日常を考えると、別にご先祖様を蔑ろにするつもりはないんだけれど、なんとなく心に小さなしこりができるのを感じます。

    というのも、私は関東のどちらかというと田舎で育ち、お盆や正月、お彼岸などはお墓参りをしたり、なんやかんやで線香をあげる機会が多くあったものです。
    そんな環境で育ったから、ご先祖様に対する尊敬というか、畏怖する気持ちというか、そんなものが心の片隅にいつも眠っていて。
    ご先祖様と言っても私にとってのそれは私の祖父、祖母くらいなもので、それより上の世代については、正直なところ遺影を見るくらいであまり記憶にありません。同じ空気を吸った時期もあったんだろうけどね。

    私が、その祖父、祖母からもらったものは一体なんだったんだろうか。
    どこかのブログか本で、祖父、祖母と一緒に暮らすと優しくなれるというのを目にしたことがあります。
    それはだんだんと老いていき、今までできていたものができなくなってくる人間という存在を見つめ、一緒に過ごし、彼らができないことは代わりにやってあげるとか、なんらかのサポートをするような行動が自然と生まれてくるからなように思います。
    それだけではなく、彼ら自身も優しかったということもあり、彼らのアイデンティティみたいなものを私も受け継いでいる、ということもあるかもしれません。

    私はそれを絶やすことなく、かといってそれに固執するわけでもなく、私は私なりに軽やかに生きていければいいんだろうな。
    近いうちに実家へ線香をあげに行くというのも良いのかもしれんね。

  • 8月14日 タイトルなし

    8月14日 タイトルなし

    タイトルがない1日というのはなかなか珍しい。
    そんなことはないのに。

    朝、7時30分に目覚め、食事をし、メダカに餌をやり、ベランダで飼ってる観葉植物たちに水をやり、会社へ行くための準備をして家を出た。
    今日も暑かった。もうほんとずっと暑い。
    ヒーヒー言いながら駅までの1.1kmを歩く。
    途中、路線バスに追い抜かれ、私もバスに乗ったら良かったな、と思うと同時にその170円で何か別のことができるのでは?と、まるでそのお金が天から降ってきたかのように感じたけれど、それは実は私が1.1kmを歩いた12分間という時間を買うためのお金だったんだな、みたいなことを感じる。
    そして電車。瀬尾まいこさんの「君が夏を走らせる」を読み始める。昨日、幸福な食卓を読み、温かい文体にもっと触れたいと思ってKindle Unlimitedで探したところ見つかったもの。昨日書いた読書感想文ではすこーしだけマイナスなことを書いたんだけど、だんだん好きになってくるなぁ。この話は16歳の若者が、ひょんなことから先輩の子供、1歳10ヶ月の女の子をベビーシッティングするというなかなか突拍子のない展開。私は子育ての経験があるので、途中おもしろおかしく、微笑ましいスタンスで主人公の彼を応援している自分を見つける。どんな結末になるのか分からないけれど、少なくとも現段階(30%くらい)では、だんだん子供が主人公に慣れていく姿が描かれている。
    彼女の持ち味ってなんだろう、と思い少しインターネットで検索してみる。瀬尾さんの本はこれで3冊目になるけれど、そしてバトンは渡された、幸福な食卓、いずれも家族愛を描いているように感じたんだけど、実際には「家族」とか、「血のつながっている」とか、そういうのは関係ない、みたいなインタビュー記事を読んだ。なるほど。まぁそうだよねヤクザの世界の兄弟とかだって血は繋がっていないんだし。脱線した。
    お昼、Crisp Salad Worksというお店のサラダを食べる。数日前から痩せたい!モードに入っていて、それはここ2年くらいで培った体重と体脂肪を落としたいという気持ちが起源になっているのだけれど、それもあってお昼はなるべく栄養価が高く、カロリーは低いというものを目指している。数年前に炭水化物抜きダイエットだけで8kgくらい痩せた経験があったのでその経験をもとにダイエットに挑戦してみても良かったんだけど、その時は頭が回らなかったり、身体がふらついたりしていたので、今回はあくまで健康的に痩せるというのを目標にしている。さくっとネットサーフィンしながら食べる。
    私の応援する柏レイソルに昔在籍していた選手が、海外挑戦から帰国して、違うチームに入るというニュースが出回っていた。私は、去るものは追わずタイプなのでレイソルのユニフォームを脱いだ時からどうなっても気にしないつもりでいたんだけど、ユースから育ってきた選手が海外へ飛び立ち、そして帰ってくるというのを期待している人たちにとってはずいぶんショックなニュースなんだろう。火に油ってワケでもないけど加入するチームがあまり好かれていないというか、世間的にはそういうふうに見らられがちなチームに加入するから、より一層火が燃えている、というか。まぁ、私のX界はあまりそういう人がTLに出てこないので、ふーんそうなんだねー、くらいにしかとらえていないですが。

    以上が今日起きてから、今までのまとめ。これにタイトルをつけるならば「日常」みたいなふうになるのであろう。どこかにフォーカスを合わせれば、それ用の日記になるのかもしれないけれど、フォーカスするほどの大きなニュース、心を躍らせるようなニュースがなかったので、日常、くらいがちょうどいいのかもしれない。

  • 8/13 読書感想文 幸福な食卓 瀬尾まいこ ★★★★☆

    8/13 読書感想文 幸福な食卓 瀬尾まいこ ★★★★☆

    Kindle Unlimitedで読みました。瀬尾まいこさんの本を読むのはバトン以来2作目。

    以下、ネタバレを含みます。ご自身の責任において読んでください。

    私は瀬尾さんの小説はいい人ばかりに囲まれて、なんというか誰も傷つかず、健やかに育つ人間が集まっている印象でした。まだほとんど瀬尾さんのことを存じ上げない立場で言及すること、ご了承ください…

    今作も同様で、主人公の佐和子はぱっと見ヘンテコな家族だけどみんな暖かくて、優しくて、佐和子の思いや言動に賛同してくれる家族に囲まれ、やがて出てくる恋人もなかなか良い感じの彼で、もうなんというかみんな幸せすぎて面白くない!と思わせるような作品でした。

    途中までは。

    私はこの本が賞を取ったことに、途中まで半信半疑でした。こんな小説、言い回しは平穏で読みやすいだけだし、文の美しさとかもあんま考えてないのかなとか思いながら読み続けました。

    そして例のシーン、良い意味で裏切られました。

    私はもしかすると、みんな元気で幸福なまま物語を終え、そして、なんだよこれつまらんかったじゃん、と感想を抱くものの、登場人物がみんな幸せで良かったなと暗に感じながら、本を閉じたことでしょう。だけど例のシーンがあり、私は混乱しました。こんな残酷なことってあるか、と。佐和子はずっと幸せで、何一つ苦労などせずに暮らしていくはずじゃなかったのかよ、と。

    例のシーン以降、彼女の心境がゆっくりと綴られ、心を鋭利な刃物で抉られた佐和子は苦しみ、絶望し、まさか後を追って、、みたいな展開でしたが、冒頭に書いた優しい家族と友人たちのおかげでゆっくりと立ち直っていったところに、言いようのない感動を覚えました。

    そしてその後に、ヨシコが佐和子の家族について言及するところにぐっときました。あぁそういうことかと。これが、受賞した理由に違いないぞと思いました。そして私は静かに、家族というまとまりが作る絆というものが、例のチャリティ番組をいくら観ても分からなかった絆というものが、じんわりと腹落ちしていくのに気づきました。

    今あるものに感謝し、リスペクトしながら家族を形成していくことの難しさとかね。私は瀬尾さんの描く家族像がすごく好きです。こんなふうになれたらいいな、ってバトンの時も感じたし、今作のヘンテコな家族についても同様に感じました。そしてそれって普通のことではなくて、みんなそれぞれがそれぞれをきちんと観て、感じて、思いやることが必要なんだろうなと思いました。

  • 8/3 旅の疲れを自宅で癒す

    8/3 旅の疲れを自宅で癒す

    8月1日、2日と有給休暇を取って家族旅行をしてきました。
    車で静岡へ行ったものの首都高、東名高速ともにエグい渋滞。
    こんな時に事故を起こす人の気持ちがわからなくなりますね。うんざり。
    だけどそんなことで機嫌を悪くして自分もその仲間に入るわけにはいかないので、好きな音楽を聴いて自分の機嫌を取りつつ走りました。
    しかし車ってすごいですね。こんな暑いのにきちんと走ってくれるんだから。技術の発達にありがたみを感じざるを得ません。

    家族旅行をしていると、案外「自分だけの時間」を手に入れることが難しくなります。
    私は喫煙者なので、タバコを吸う時はそんな時間を確保することができましたが、まぁ、それも家族サービスの一つなのかなって思うようになりました。
    別に自分を制限するわけではないのです。
    考え方を変えてみて、家族が喜べば自分も嬉しいと感じるようにしました。
    これを矯正と捉えるか否かは自分次第。