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  • 4月12日 後悔について

    4月12日 後悔について

    後悔のない人生を歩もうというのは、いったいどういうことなのか。

    生きている限り、「あぁすれば良かった」みたいなことは容易に起こり得る。
    その時に、自分が選んだ道を「間違ってしまった」と考えることこそが後悔で、それは自分を否定し、自分の敵となってしまう。

    だけど、その道を選んだ時の自分はきっと、その道が正しかったと思っていたはずで、自ら悪い方向へと導くことは生存本能を鑑みるとしないはず。
    だとしたら、自分を信じて進んだ道を、そのまま突き進むことこそが、後悔のない人生を歩むための大切な考え方なんだと思う。

    そして「あぁすれば良かった」と考えるのは、一方的な見方であり、もっと多面的に見ることでその道が正しかったと思えるようになるんだと思う。

    自分を信じるって難しい。
    自分が歩んできた道が誤っていたと認めることもまた、難しい。
    けど、その、誤っていたと考える自分を信じること、肯定することもまた、自分を信じることになるのだから、

    つまりどんな道を選んだとしても、きっと正解なんだと思う。

  • Kiriya 流山初石

    堪能させていただきました。

  • 認知行動療法に参加した

    どうも私の性格的にネガティブなものを引きずってしまうようで、それを改善すべく認知行動療法のトレーニング?に参加してきました。主催は私が通っている心療内科でやっているもので、トレーナーは多分それ系のインストラクター的な資格を持っている人なんだろうと思います。

    去年の秋に行ったキャンプ場
    (本文とは関係ありません)

    そもそも認知行動療法ってなんだよ

    認知行動療法は、その名の通り、
    物事に対して、頭の中で受け止めた印象を認知、からの、どんな行動に至ったか、という一連の思考プロセスを可視化して、さらに、ネガティブマインドを持ち続けてしまう人はそれを改善すべく、その思考プロセスを見直そう、というものです。
    (私が理解した内容です。違ってたらご指摘ください)

    認知ってなんだよ

    となると、まず、私がどんな認知を行ったか、というところをはっきりさせないといけないんですよね。

    あるイベント、出来事に対して、自分がどういう気持ちを抱くか。
    雨が降ったら、外に出られないなぁ、洋服が濡れてしまうなぁ、とか。
    雨が上がったら、外に出られるから嬉しい、とか。
    人間って様々な出来事に対して、様々な認知をして、それから嬉しいとか悲しい、といった感情、気分を抱くんですね。

    例として、今日実際にやってみたのですが、昨日、ベランダで飼っていたメダカが1匹死んでしまったという出来事を取り上げて、実際にやってみました。

    ちなみにその思考プロセスを「見取り図」というものに書くことを、今日トレーニングしてきました。

    メダカが死んでしまったという「出来事」に対し、私が抱いたのは以下でした。

    • 自分の飼い方が悪かっただろうか
    • 死んでしまったメダカに申し訳ない
    • 他のメダカたちも、もしかしたら次々と死んでしまうのでは

    上記の「認知」に対し、抱いた感情

    • やるせない
    • 悲しい
    • ショック

    で、私がとった行動

    • ただただ水槽をぼーっと眺めた(身体が硬直した)

    これ↑らがわかるとどうなるの?

    認知から行動、に至る思考プロセスをぼんやりと眺めてみると、私の責任だー、私が悪いんだー、って自分を責めてしまう傾向があるんですよね、っていうのを、客観的に見ることができるのだ、と。

    ここから先に、その認知から感情、行動に至る所の改善が待っているのですが、それはまた次回のトレーニングで学ぶので、また参加してきたら投稿したいと思います。

  • 揚州商人 おおたかの森で生ビールとランチを楽しむ話

    一人でランチする機会が。久しぶりに揚州商人に入りました。おおたかSC FLAPS、平日の月曜日、12時入店、お客さんは40%くらい入ってる感じです。

    昼間からごめんなさい、、とりあえず飲みたくなっちゃう

    生ビール
    揚州商人 平日ランチメニュー

    平日のランチメニュー、割と種類ありますね。坦々麺にしました。早く来い。

    あと、アプリで会員になっておくと100円で餃子が食べられたりします。お得感ありますね。

    早く来い。ビールがなくなってしまう汗

    坦々麺と半チャーハン
    餃子、ひとつ食べてから写真を撮絵していないことに気づいた…

    あっという間にペロリでした。ご馳走さまでした。良い店だ!

    ごちそうさまでした
  • 6月12日

    ここのところ猛烈に本を読みたい熱が私の85%くらいを占めている。
    インプットを求めるということなのだろうか。
    私の中に入っているものだけでは物足りないということだろうか。
    細かなところは良く分からないけれど、とにかくいろんなものを吸収したい時期に入っている。

    人間って、いくつかのモードがあるような気がする。
    分かりやすいところで言うと、周りに発散したい、アウトプットしたいモード。周りから吸収したいモード。
    なんでか分からないけど、時折、そう言う時期がやってくるんだろうね。

    私の感覚で言うと、最近は毎日の日記が疎かになってしまった。
    他に考えることがたくさんあるから、みたいな誰に向けているのか分からないような言い訳をしたりするけれど、つい1ヶ月くらい前までは、ほんと1日も欠かさずにここに日記を記していたような気がするのよね。
    あの頃はきっとアウトプットしたいモードだったんだろうなー、と思う。
    こうして公開しているウェブサイトだけど誰も見ていないという空間は案外心地良くて、いい感じの温度感を保ちながら書けるから良いよね。

    さぁ、本を読もう

  • 5月12日

    仕事なんかでくたびれちゃうのって、ほんともったいないよなぁ

    というくらい、すごく気分が沈んでいる

    焦る仕事、人前で喋る仕事が本当に苦手
    43歳になっても得意にならないんだから、これきっとずっと無理なんだろうなぁ

    早く終われ!人生、早く終われ!とか思ってしまう

  • 4月12日

    老後の世話をしてもらうのはイヤだ、恥ずかしいから
    みたいなことを考えていたけど、明日には死んでしまうかもしれないと言うことに気づき、もうちょいちゃんと今を大事にして生きなきゃな、と思うようになりました。

    これだけで、ポジティブに生きられているような気がしています。
    こんな、小さな気づきだけで。

    発端はセネカの、人生の短さについて、で、
    私はそこからエッセンスだけを抜き出した本をちょっと読む機会があり、
    そこから上記のような気づきを得たのですが、

    すごいよね、2000年前の人が書いた本で、いまだに、心を動かされようとしてるんだもんな。

    そう言うのを考えると、いつの時代も考えることに差異はそんなになく、つまり人生をいかに大切に生きるか、今を意識して生きるか、そこに尽きるのかなと思ったりします。

    今を意識して生きる。

    これが、もしかしたら本当の「意識高い系」なのかもしれない。
    揶揄されるそれとは一線を画した、本来のやつ。

    この言葉と、「自分探し」は割と、勘違いして揶揄されがちだよなぁと思ったりします。
    自分探しについては、これはいろんな価値観と出会うことで、客観的に自分を見つめ直す機会があるのかなと思っていて、

    私の場合、直近で考えると、ものすごいお金持ちの家で育った人と一緒に仕事をすることがあった時に、彼女の感覚と、私の感覚ってだいぶ違うよな、というのに気づき、私は、お金について割ときちんと地味に使うのが好きなんだなと思うことがありました。

    自分探しっていうのは、そう考えると自分1人で見つけるのはもしかすると難しいのかもしれない。例えば荒野で、1人でとぼとぼと数十Kmの道のりを歩くとします。
    当然喉は乾く。けど近くに水の出るような場所はない。困る。
    こういうケースなのであれば、もしかしたら自分の価値観というのが見えてくるのかもしれないけど、こう言うケースにぶち込まれることは割と稀で、このご時世、他人の一挙手一投足に自分がどう反応するかで、あぁ自分ってこんなだったんだ、と思うことがあるんだよなぁ、と。

    43歳になってもまだ、自分がどういうものか、はっきりわかってない。
    83歳になったとしても、もしかしたら分かっていないのかもしれない。
    こういうのって変わっていくだろうしね。