たびたび、後悔を強く思い出させるような悪夢に苛まれて目が覚めることがある。
そんな日は一日、調子が上がらない。
そんなことで?と、自分ででも思ってしまう。
早く忘れたいのに。
アドラー流にいうと、私がそんな出来事を、後悔の一つと考えていたいから、その結果忘れようとしても忘れられていない、つまり私が望んだ結果なのだ、ということになるだろう。
人生の98%はどうでも良いこと、と私の同僚が言っていたことがあった。
どっちでもいいんだよ、と。
確かにそうかもしれない。

たびたび、後悔を強く思い出させるような悪夢に苛まれて目が覚めることがある。
そんな日は一日、調子が上がらない。
そんなことで?と、自分ででも思ってしまう。
早く忘れたいのに。
アドラー流にいうと、私がそんな出来事を、後悔の一つと考えていたいから、その結果忘れようとしても忘れられていない、つまり私が望んだ結果なのだ、ということになるだろう。
人生の98%はどうでも良いこと、と私の同僚が言っていたことがあった。
どっちでもいいんだよ、と。
確かにそうかもしれない。

後悔のない人生を歩もうというのは、いったいどういうことなのか。
生きている限り、「あぁすれば良かった」みたいなことは容易に起こり得る。
その時に、自分が選んだ道を「間違ってしまった」と考えることこそが後悔で、それは自分を否定し、自分の敵となってしまう。
だけど、その道を選んだ時の自分はきっと、その道が正しかったと思っていたはずで、自ら悪い方向へと導くことは生存本能を鑑みるとしないはず。
だとしたら、自分を信じて進んだ道を、そのまま突き進むことこそが、後悔のない人生を歩むための大切な考え方なんだと思う。
そして「あぁすれば良かった」と考えるのは、一方的な見方であり、もっと多面的に見ることでその道が正しかったと思えるようになるんだと思う。
自分を信じるって難しい。
自分が歩んできた道が誤っていたと認めることもまた、難しい。
けど、その、誤っていたと考える自分を信じること、肯定することもまた、自分を信じることになるのだから、
つまりどんな道を選んだとしても、きっと正解なんだと思う。
大きく、息を吸う
空気のたゆたさ、まろやかさを感じる
身体を動かしてみる
執着を捨てる
執着を捨てる、って結構難しい。
自分の過去に対して執着してしまうところがあって、みんなそうなんだろうと信じてやまないけれど、後悔はまさにそれの典型で、さっさと忘れてしまえば良いのにそれを忘れることができず、いつまで経っても「あの時、ああしておけば良かった」とか「あれしなければ良かった」とか、たらればの世界でしかないのに、今住んでいる世界とは別の、その時点で違う選択肢を選んだ後の世界を羨んでしまっている、そんな人生。
確かにね、人生を左右する選択って、いくつかはあると思うんだ。
だけどさ、今、お酒をもう1杯飲もうかどうか迷っているんだけれど、ここであと1杯飲んだところで、全く別の世界が待っているとは、あまり思えないんだよなぁ。
強いて言えば、ここでやめれば酔いが浅いから、明日の目覚めは良いだろうし、調子に乗って朝ランできたりすると思うんだよね。
一方、もう1杯飲んじゃったとすると、それが二日酔いを引き起こし、走りに行けない、午前中は眠くてたまらない、みたいなしょうもない4月29日を過ごすのかもしれない。それはまた後悔を生み出すような気がするから、
そこまで考えて、飲むのはやめようかな、と思ったりするね、
まぁ、飲み過ぎは良くないよな

相変わらずの、後悔ばかりしている人生である。
プライベート、仕事、そういう括りに全く関係のない、様々な後悔が、そりゃもう飽きることなく押し寄せてくる。人生は波打ち際なのかもしれない。
自分の力ではどうすることもできない「波」というものを、ギリギリのところで惹かれながら、だけど濡れたくないから、それまたギリギリのところで逃げる、そんな感じで刺激というものと付き合っているような、気がしている。
今日も今日とて後悔していたのだけれど、少しだけ考えたのだ。
後悔はいつも、「〜すれば良かった」とか、逆に「〜しなければ良かった」のように、自分が選んだ選択肢と逆のことが、理想なように思えてくるのだ。
その、選択する時には、自分が最終的に選択した方が魅力的に見えたのだから、その時の自分を信じてあげたい。人間だもの。
だが、一方で、後悔という気持ちを抱いている時には、その当時の自分には見向きもせず、「自分が選ばなかったほう」を魅力的に感じるのだ。
その気持ちに至るには、自分が元々選択して「しまった」ほうに対して失敗という結果を抱いているからであって、だからこそ、こっちを選ぶべきではなかったという経験が付加される。
そして、「もともと選ばなかった方」に対し、その経験を踏まえ、魅力が増すのである。
つまり後悔は、次は良い選択をしようという気持ちの表れなのだ。
そう考えると、なんとなく後悔って、
後ろ向きな気持ちを纏っているように感じるのだけれど、
実際はそんなことなくて、
失敗から得られた経験をプラスした自分が抱く後悔と言うのは、
むしろ買ってでもすべきなのではないか、と、ぼんやり仕事中に考えた。