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  • 12月25日 一体感

    12月25日 一体感

    テレビでは一面の海が映し出されている。
    海と言っても色は緑で、つまりサッカーの試合を放送しているのだ。
    いったいどこのチームとどこのチームが試合をしているかさっぱり分からない男、宮島は、カウンターで一人、酒を飲んでいる。
    というか、この試合を誰かが観ているのだろうか。宮島はさりげなく周りを見渡したが、誰一人としてこの試合を観ている者はいなかった。
    いったいこの年の瀬に、誰が好き好んでサッカーの試合など観るのだろう。そう思ったがテレビの端の方にはそれぞれ、贔屓のチームを応援する人間が大声を上げていた。テレビを通しても歓声って聞こえるんだな、と宮島は一人で頷いた。

    人が集うってすごい。宮島はランドセルを背負って登校していた頃にそのすごさを体感したことがあった。当時の悪ガキ達が通学路の曲がり角にあるカーブミラーを道端に落ちていた石で割ろうとしていた。石はなかなか思うようには飛ばず、ミラーは何回石をぶつけられても下に落ちることはなかった。悪ガキ達と言っても頭の悪い生徒ばかりではなく、たまたま帰る方向が一緒だからという理由でその集団に巻き込まれている、いわゆる優等生な人もいた。宮島は、なるべくそういうグループには混ざらないようにと親から釘を刺されていたから、それを守るべく道の反対の方をこっそり通ろうとしたが、その努力虚しく、悪ガキ達に呼び止められた。

    「おいミヤジ!お前ちょっとこっち来いよ。手伝って欲しいんだ」

    宮島は、聞こえないフリをすることだって可能だっただろう。だけどあまりにも声が大きく、宮島は咄嗟に振り返ってしまった。ぎこちない笑みを浮かべつつ、良心の呵責に耐えながらも宮島は大きな力に屈しながら、ゆっくりと悪ガキ達の元へ向かう。

    「あのカーブミラーが気に入らないからさ、一緒に、この石で割って欲しいんだよ」

    宮島はもちろん、カーブミラーを割ることが間違っているということを知っているはずだった。だけどそこにいた6人の悪ガキ(とその仲間)達は、宮島にも強要する。

    ここで、宮島が持つ良心に従って断ることができただろう。だけどできなかった。なぜか?報復が怖かったからだ。俺、やらない、と言って石を返し、先に帰る、と言ってその場を後にすればきっと宮島は、良心に従って行動した自分を褒めるだろう。そんなことは分かっていたのに、できなかった。翌日、悪ガキ達がいっせいに無視し、クラス全員の男子(と仲良しの一部の女子)達が宮島を無視することが明白だったからだ。

    意を決する、という言葉を当時の宮島が知っていたかどうかは不明だが、少なくともそんな気持ちを持って悪ガキの一人から石を受け取り、カーブミラーめがけてその石を放った。すると石は一番重要なところを捉えたようで、ガシャン、ともギャシャンともつかないような奇妙な音と共に地面へと落ちた。

    「逃げろ!」

    悪ガキの一人が叫び、悪ガキ達と宮島はその場から一目散に駆けて帰った。その時に、一体感と恍惚感を得たことは宮島の胸にそっとしまってある。

    翌日、案の定学校の先生に頬を殴られた宮島は、やっぱりやるべきではなかった、と後悔するのであった。それが、彼にとっての「属することの代償」だった。

    そんな宮島だから、サッカーを応援する熱狂的な席の感覚を味わってしまうときっと、抜け出せないような気がしている。店主に熱燗のお代わりを頼む。あの時に感じた、「仲間である」ということと、「自分が放った石によってカーブミラーを壊す」という二つの快感はきっと、サッカーを応援する人達も同じように感じているはずで、その思いを得たいからこそ現地で大声を張り上げて応援する人達の中に、当時の悪ガキ達がいるような気がしてしょうがなくなり、手元にあった牛肉の煮込みが冷めてしまった。

  • 10月4日 (小説)サトの初恋

    10月4日 (小説)サトの初恋

      サトは大きく息を吐いた。そうすると、自動的に空気が身体に取り込まれるのが面白くて、何度か同じ動作を繰り返した。
      届かない恋というのは面白いもので、そのおかげで人生が豊かになったような気がした。豊かというのは、サトの感覚で言うといろいろな感情が生まれるということ。好きな人がいるんだけど、彼に惹かれていじらしい想いをしたこと。恋に焦がれるというやつだ。舌でそっと上顎を撫でる。ざらざら、ごつごつした上顎は、今までいくつの食物が通り抜けていったんだろう。
      北脇くんという、3つ隣のクラスにいる彼とは、ちょっと前に学校の購買前で見かけた。陽キャとは正反対の、重たい前髪、分厚く、地味なメガネを装った彼は、誰にも見つからないようにそっとパンを買いに来たのか、というほどに存在感がなかった。
      彼の何に惹かれたのだろう。具体的には分からないのだけれど、一つ言えるのは、サトも北脇くんと同じようなメガネをかけて、そして陽キャとは正反対の人種ということだ。共通点が多い、とサトは考えたのかもしれない。上履きの中に小石が入っているのに気づいたサトは、誰も見ていないことが明らかな2時間目の休み時間に、そっと音を立てずに上履きを脱ぎ、履いている方を反対にして小石と思われるものを落とす。少し振ると、黒っぽい、小さな物体が下に落ちるのが見えた、ような気がした。
    こんな小さなことでも、北脇くんだったら聞いてくれそうな気がするとサトは考える。休み時間は何をしているんだろう。3つ隣の、3年5組にいると知った時は嬉しかった。まるで宝物の場所を見つけた時のような気分だった。そこから数日しか経っていないんだけれど、北脇くんのことをもっと知りたい、と思うようになった。
    こういう時って行動に移したほうが良いんだろうか、とサトは考えた。サトにはこれが初恋とも言えるようなほどの、心を揺さぶられるイベントであった。だから、残念というべきか、サトには経験がないからどうやってアプローチしたら良いのか、全く分からなかった。最初に思い浮かんだのはラブレターだった。この、スマホを一人一台持つ時代に、あえての手紙。そんな演出はただただ気持ち悪いだけだ、とサトはそのアイデアを切り捨てた。それ以外のアイデアが思いつかないサトは、3時間目へと入った。
    こういう時に、相談に乗ってくれる友達とかいたらなー、と空想みたいなことをサトは考えた。これもまた残念なのだけれど、サトにはそういうことを気軽に喋ることのできる友達がいないのだった。一緒にお弁当を食べてくれる太田さんという人はいるのだけれど、彼女もサトと同様に、恋というイベントに対して経験は少なそうな感じがしたのだ。だから相談するだけ無駄かな、ごめんね太田さん、とサキは考えた。そんなことを考えていたら先生に指され、サトは話を聞いていなかったことが露呈し恥をかいた。
    何事も進展がなく、一週間が過ぎた。これが恋愛小説だったらつまらないだろうな、私だったらここで読むのを止めるな、とサトは考えた。そこでアイデアが天から舞い降りてくるのを、サトは感じた。そうだ、図書館に行ってそういう本を借りたらいいんじゃないか、とサトは思いついたのだ。図書館なんて小学校の時にやった読書感想文の本を借りた時以来だ、まず図書館のカードがどこにあるかを探さなければいけないな、とサトは考えた。そして、いや待てよ、とサト。借りなくても、図書館で読めばいいんじゃん、と思いつく。週末の予定が決まった。私の恋愛小説を読んでくれている読者のためにも、私のこの初恋を先に進めなければいけない、と誰も読んでいないことを想定していないサトは、訳のわからない自意識の下、週末に図書館へと挑む。
    ここで北脇くんも図書館に来ていたら、恋愛小説としては急展開なんだけどな、とサトは考えたが、そもそも北脇くんが私と同じ市内に住んでいるかどうかわからないんだった。私の高校は4つくらいの市から生徒が通っているから、北脇くんはきっと違う市に住んでいるのだろう、とサトは勝手に解釈した。
    そもそも本を読まないサトは、この膨大な本の中でどんな風にお目当ての本を見つければ良いか全く分からなかった。恋愛のお手本?それは小説なのだろうか、それとも自己啓発みたいなタイプの本なのだろうか、それすらも分からなかった。恋愛小説の女王みたいな触れ込みの小説家とかいたよなー、誰だっけ、といつだかやっていた王様のブランチみたいな番組の内容を思い出そうとしていたが、残念ながらそれ以上の情報がサトの脳内には存在せず、すぐさま空中に飛び散った。
    ところが、ところがである。図書館に北脇くんと良く似た人がいるではないか。何やら分厚い本を脇の下に抱え、自習できそうなエリアへと向かっている姿が見えた。あれは本当に北脇くんだろうか、横顔、それもほぼ後ろに違い角度でしか顔を見ることがなかったから、あまり自分の目が信用できないサトは、北脇くんにはバレずに、顔を確認することができる場所を探すことにした。
    これでは何をしに来たのか分からないではないか、と読者は考えるだろうな、とサトはぼんやり考えた。読者のことなんて忘れてしまえ、と私は思わずにいられない。こうなったらサトのことを応援するしかなかろう、と読者は考えるに違いない、とサトは考え、自分勝手だな私って、ふふ、と一人でニヤついていたら、北脇くんみたいな人が大きなテーブルにある椅子を引き、そこに座った。
    驚く事に、北脇くんの隣には同い年くらいの女性が座っているではないか。北脇くんが見つけてきた本を二人で眺めながら、何か小さな声で喋っているのが窺い知れた。
    終わったな。まだ、始まってもいない私の初恋は、ここで散ってしまうのか、そう考えたサトは、本来の目的である恋愛にまつわる本を探すことなく、図書館を後にした。そういえば私が小学校だった頃に来た図書館って入り口で靴を脱いで、自分で持ってきた上履きを履いたような、とぼんやり考えたサトは、ついでに、その上履きにも、小さな小石が入っててすごく気持ち悪いことを思い出したのだった。

  • 4月8日

    4月8日

    相変わらず風が強い。
    春ってこんなに風の強い日が続くんだっけ、と曇り空を眺めながら思った。
    今にも降り出しそうな空だ。雨は洋服が濡れるから嫌いだ。

    ついさっき立ち寄った定食屋に、読みかけの文庫本を忘れたことに気づいたのは、店を出てから数時間経った後のことだった。
    ぶらぶらとウインドウショッピングをしていたが足の向きを変え、定食屋へと向かった。
    店は準備中という看板が掲げられていた。腕時計を見ると15時40分、確かにこの時間に休憩をする食べ物屋が多い。
    思い切ってドアを開けてみる。すると鍵がかかっておらず、客のいない店が視界に開けてくる。

    店には店主がカウンターに座っていた。手元に吸いかけのタバコと、俺が忘れてった文庫本があった。
    「すみません、その本を忘れてしまって」
    と私が言うと、
    「あーそうだったんですね、ちょっと面白いところに来たので、少し借りれませんか?今度来られる時までには読み終えておくので」
    と返ってきたので、思わず驚いた。俺としては同じ価値観を持ってもらえたことが嬉しく、
    「わかりました、いいですよ」と言い、
    「タバコ、私も一服していっていいですか?」と女性店主の隣に座った。

    「これサービスなんで」
    と焼酎グラスに氷と烏龍茶をどぼどぼと注いだものを出してくれた。早足でこの店まで来て、少し火照ってしまった身体に、冷たさが染み渡る。
    ぼんやりと厨房の方を眺めながら、タバコを吸う。吸って吐く、を2回繰り返すと、気持ちが落ち着いてきた。
    「お客さん、この辺にお住まいですよね?いつだったかランニングしてるとこをお見かけしたことがあるんすよね」
    おそらく私のことだろう。いつ見られたのか。首肯しながらそうですね多分、私ですと言ったら、私も近くなんですよ、と店主は言った。その時は食材の買い出しを終え、とても重たい荷物を持ちながら店に戻ろうとしていた時で、颯爽と駆けてくるのが見えて様になっていた、と続けて言った。

    タバコを1本吸い終え、翌週の週末あたりに食べに来る約束をした。店主はその頃には読み終えておくようにします、と言い、私は店を去った。
    もしかするとこれが常連を掴む手段かもしれないと感じたが、その手口に乗っても良いかな、と思った。
    服についたタバコの匂いを、春の強風が吹き飛ばしていく。