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6月3日
あっという間に、日常がすぎていく。
つい最近書いた気がするけど、仕事に没頭されて終業後の夜時間すらも一瞬で過ぎ去っていくという程度のノリ。こうやって、43歳っていう私の時代も、大した記憶が残らずに過ぎ去っていくんだろうなぁ。
仕事が忙しいとか、お酒をたくさん飲めるとか、ご飯を胃が痛くならずに食べられるとか、身体が健康だからやってられるわけで。
そのことを蔑ろにしてしまってはいけないなぁと思うのよね。もしかしたらこの日記を書いている途中に気持ちが悪くなり、病院へ運ばれ、そのまま還らぬ人になってしまう可能性だってあるのだから。
健康でいたいんだろうか、自分は。
つい最近、ある人と話している中で、ここでも何度か書いている「もう死んじゃっても構わない、決してそれは後悔していないという体ではなく、どちらかというとネガティブな意味での諦観」みたいなことを話したら、何がしたいのか分からない、そうしたいんだったらそうすればいいじゃん、って言われて、
それは流石に凹んだよね。
別に、「死んでほしくないよ!」って言ってほしいわけではないんだけどさ、止めて欲しかったっていうか。
なに他人よがりになってんだ、って話ではあると思うんだけど。自分に課せられたことは、ただ一つ、生きることだと思うんだけどね。
そこからさらに、子供を育てるとか、自分のやりたいことを実現させるだとか、そういう面でのあれやこれやは出てくると思うんだけど、結局、諦観っていう視点葉、なくなることはないんだよなぁ。
これって良いことなんだろうか。
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5月28日
気がつけば5月の終わりが見えてきている。
空は青さを増し、木々の緑も強くなってきている。
ここ数年はゲリラ豪雨と呼ばれるスコールが増えた。
私が子供の頃にはそんなのはあまりなかったと思うので
それが何らかの気候変動の一つとして挙げられるのかもね。朝、気持ちが腐っていたのだけど、あまり余計なことは考えずに6km走ってきた。
近所をぐるぐる。
だいぶ暑くなった。22度くらいあったかな。
土曜日だけど、普通に出勤している人は多い。
何人もの人とすれ違った。
走っている時はマスクを外しているんだけど、まだなんか違和感というか罪悪感があるんだよなぁ。
あと数週間もしたらマスクをしない人が増えていくのかなぁ。
そうやって、習慣が、地味に変わっていくんだよね。 -
5月25日
朝ランは、やっぱり気持ちが良い。
近頃抱えていた仕事の鬱憤が嘘のように、気持ちが晴れている。つってもたった5kmなんだけどね。
私にとっては距離でも時間でもなく、経験だけで良いような気がしてて。
毎日9時からミーティングが始まるので、それまでに戻る+次男の登校に付き合う、というところまで考えると、シャワーを浴びないといけないから、割とどんなに頑張っても5kmくらいが限界なんだよなぁ。
まぁ、平日だしね。その気分に乗っかって、お昼休み中に筋トレまでしてしまったよ。
腕立て伏せを20回、スクワット40回。
胸の辺りの筋肉をつけたいと思っていて。それもこれも、昨日は深酒をしなかったし、なにより早寝したんだよな、これがだいぶ効いている気がする。
多分今の自分には、平日は23時くらいに寝るのがちょうど良いんだろうなぁ。朝7時までぐっすり眠れれば、8時間も寝たことになる、けれど。起きちゃうからなぁ。 -
消え去りたくなる病気
油断するとすぐに、過去、俺がやってしまった失敗を思い出してしまう。そいつらは束になって俺の首を絞めようとする。そしてそれがいつか本当のことになってしまうのではないかという、そこはかとない不安
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5月22日
ここ数日、ブログをサボっていて、それは仕事が忙しいからだとか、週末のソロキャンに向けて頭がいっぱいだったからとかいくつか理由は浮かぶんだけど、シンプルに言うと「投稿するのを忘れていた」と言うことが一番適切な気がしてて、
このブログに何かテキストを投稿すると言うこと自体の優先度が少し下がった、そして上に浮上してきた他の物事に集中するための時間が必要になったと言うことが、私の人生にとって必要かどうかというのは、今イマの段階だとあんま良くわかっていない。
多分、こういう日記を日々続けていくことは、後になってわかってくるんだろうなぁと思ったりする。
それは多分、たくさんの分量を書いたことによって私の文章力(という言い方が正確かわからない)が上がるということにつながるのだから、私がそこを重要視しているのであれば、
つーか文章が長い。
もっと簡潔に、文章を書き上げる能力とか。
自分の習慣について
私の習慣を変えてみることで、人生の見え方が変わってくるかもしれないということ。
私の中でどんな習慣が根付いているのだろう。習慣を変えると、人生が好転するみたいな本のタイトルをさっき見て、その本のことをちょっと考えてみたんだけど(中は読んでいない)、
まず、前提として「自分の人生が明るくない」と考えている人が手に取るんだな、と。
そう言う人は、だいたい、今自分の置かれている境遇があまり良いものではないと考えている、ような気がする。
そして、自分ができることだったら、奨んでやってみたい、はず。
私も、実は同じように考えがちの人間だと思う。自分の人生、明るくないよな、と。
多分それって「明るいもの」という理想があり、その一方で自分の人生はそれに近くないところを歩んでいるんだろうなと。まず、考え方を変えるべきなんだと思う。それが自分の習慣と呼べるものの一つなのでは。
自分の人生は、意外と暗くないんだよ、という点。
今、自分の置かれている境遇、案外恵まれていません?と思ったりしないだろうか。

