ようやく朝ランできるような気力になってきた

もはや中身だけ買って外は数年前に買ったものを使い続けています。
みなさんはどんな使い方をしているのだろう?と最初の頃はだいぶ気にしていましたが、もう5年くらいはそういうことも気にならなくなりました。
https://www.1101.com/store/techo/
使っているページ
上記を考えてみると、私の使い方って「そんな大したことはしていない」んですよね。それでわざわざきちんとした手帳を使うのってどうなんだろう、と日々考えるようになってしまっていて。
私がやりたいのって、ざっくり言うと以下の2つです、めっちゃシンプル。
これにわざわざほぼ日手帳を使う?と思っちゃってて。そうなると、モレスキンやロイヒトトゥルムのようなバレットジャーナル、というか格子の方眼ノートがあればなんでも良いのではないかと。
そんな考え方もあり、ここ2年はほぼ日手帳のDay freeを使っていました。1日の刻みがないもの。

Day freeを使っていると、やっぱり「1日の刻みが欲しい」と思うことがありました。
ワタシ的に、日にちの区切りが欲しかったんだと思う。
日記みたいに書きたい日と、日にちには縛られず自由に書きたいって思う日、多分どっちもあると思うんですよね。
まだ迷う。この、毎年の、迷う季節っていうの、とっても幸せなことなんだろうなぁ。

仕事柄、段取りみたいなものをだいぶ気にするんですが、Apple Arcadeで展開されている「アウトランダーズ」というゲームがめちゃくちゃPMのスキルを必要とする気がするんですよね。
ゲーム自体は、色が穏やかなアースカラーをベースとした配色だったり、鳥の囀り、人々がのんびり働く、休む姿が映されたりするあたり、だいぶ「癒し」を表現されているのですが、ゲーム性としてはめちゃくちゃ戦略的に考えていかないといけないのです。何も気にしないでやっていると、どんどん人が死んでったりするし。
よくQCD、Quality、Cost、Deliveryという3つの要素が挙げられたりするんですが、そのCost(作業工数)とDelivery(納品に向けたスケジュール)がだいぶ必要な気がしています。
簡単にいうと、「40日以内に板を40枚作らないといけない。そのためには丸太が40本必要。だけど食べ物を用意しないといけないから、そっちにも作業を割り当てないといけない。だから3人は板を準備するほうへ、そして4人はとりあえず食べ物を用意するほうへ。けど食べ物のほうは必要な時とそうでない時があるから、時々板を準備するほうに回りましょう、的な。
言葉で書くとめっちゃややこしいのですが、適切な要員配置と、作業品質のモニタリング(ちゃんとやってるか)が重要なゲームです。
そういう戦略的なものが好きな人、とりあえずApple Arcadeでダウンロードしてみると良いと思います。
それにめちゃくちゃ時間を溶かしておりまして、せっかくなので攻略ブログを作りたいと思いました。
「この小さな島に漂着してしまいました。速やかに新しい船を作り、皆の安全を確保しなければなりません。水平線には不穏な嵐が見えます…」
レベル1 難破
ミッション
始まりの画面

進め方(複数あると思いますがあくまで私の進め方で)


ニーチェの本が手元にあるので、今日はひとつ引用してみる。
意志をなくし、感情を取りのぞくこと、それができるとしたら、知性を去勢することにならないだろうか?
ニーチェ 道徳の系譜
自分の感情を押し殺して生きるのはとても窮屈。
できることならわがままに、自分が抱いた感情の赴くままに、生きてみたいと思う。
そうしたら良いのに?なんでしないの?
と自分に問いかけてみると、その回答がズバッと出て来ず、思わず戸惑ってしまう。
ニーチェが述べたいのは、私は、感情は知性の一つということと受け止めた。
感情、自分が持つ知性の範囲内で生まれるのだから、きっとそういうことなのだろう。
今日の私は、私が抱いた感情を蔑ろにしなかっただろうか。
私は、私の気持ちに素直なまま、生きただろうか。

2022年が残すところ4ヶ月となってしまった。
ほんとあっという間。毎年言ってるけど。
今年、例年と違うのは、仕事を長い期間休んでいるということ。
ちょっとクールダウンして、自分探しの旅、と言っちゃうとかっこ良いけど、振り返りの期間を持ったことが違う。
かと言って、何か特別なことをしているんですか?と言われるとそれまた微妙なんだけど。
モラトリアム期間とかね、言い方はいろいろあるよね。
もうちょい前を向いて文章とか書ければいいんだけどなぁ。
文章を書こうとするといつもこんな雰囲気になってしまう。
曇り。少しだけ秋の気配を感じるような質感。
まだ湿度は高いけれど、それ以上に雲の湿り気が夏の頃のそれとは違う。
仕事から離れて、3週間。
今日は診療内科へ行く日。
どうやって仕事に復帰したら良いのか、そのやり方がよくわからなくなってきそうな気配。
夏の雲が持つ湿り気ってどんなんだったっけ、っていう程度に、忘れかけている。
仕事から離れたいのか。戻りたいのか。
自問自答を繰り返す日々。
何がイヤなのかさっぱり分からないけれど、「ここからいなくなりたい」という気持ちだけは全くゆるがず、私の心のど真ん中にずどーんと居座り続けている。
そんなにイヤなの?分からない。
繋ぎ止めているのは、家族や親類、知り合いという存在だけ。
その人たちがいなくなったら、
この世に未練があるのか。good enoughですよもう。満足したよ。
この辺りを心療内科の先生に話したら、自制する気持ちが負けてしまうようなことがあるとすると、それは入院を意味すると諭され、とりあえずモニタリングすることにしたんだよね先々週。
メタ的に、自分がどんな気持ちを抱いているのか、ずっと観察してる。
自分の感情は大切にしないといけないんだねぇ、
だって、自分を大切にするのは、自分だけなんだからさ。
自分を鍛えるには、自分の心に厳しくなければいけないのかと
思っていたんだけど、
案外、自分に甘くても自分の心を育てられるのだね。
自分に甘くても、ってのはちょっと違うか、
自分の気持ちを大事にするだけ、って感じなのかなぁ
あっという間に8月の第1週目が終わっていく。もう週末。
昨日も今日も会社を休んだ。
こうして指折り数えて確かめている時点で、女々しい男だよなと思ったりする。
潔さが足りないんだろうな私。
って言う感じで、日々、真っ昼間に眠ったりしていると自己嫌悪の悪魔が襲ってきて、もうこれは立ち直る術が何もないのではないかと思ってしまう。思ってしまうと言うか、そっち側の方向にしか思考が働かなくなっていく。
これが良いことなのか、悪いことなのか全く分からず、思考が進んでいるとも思えず、3歩進んで15歩くらい戻っているような気分。
こんな状態なのに、会社の人たちは「ゆっくり休んでね」って言ってくれるのにホント申し訳ない気分。
私の居場所がある頃に戻れたら嬉しいんだけど。
なにか寛解なのか分からないけれど、仕事したいです!って最後にビックリマークが付けれる頃になったら戻れるのかなぁ。分からない。先が見えないという不安。ただただ怖い。
何日の有給を使ったか分からないくらい、有給休暇を取得して、気持ちが上がってくるのを待ってる。
待ってる、って言い方は適切なんだろうか。
なんか、上がってこなくてもいいやって思ったりもしていて、ちょっとネガティブ思考に陥っているようにも感じる。
それ系の薬を飲む時にはアルコールを一緒に摂っちゃダメですよ、というのに気にせず夕食時に缶チューハイを飲んでしまったりして、わかってるのに、というところで罪悪感を生んでいる。
とか、
昨夜、数年ぶりにタバコを買ってしまった。で、コンビニ横の灰皿があるところで吸ったんだけど、煙の匂いとか、煙を吸い込む時に喉が痛む感じとか、とても懐かしかった。けど今の私には、この一箱を吸い切る自信はない。多分吸っちゃうんだろうけど。
てか、なんでタバコなんて買ってしまったんだろう。
そんなに吸いたかったの?
明日は仕事をしようと心に誓う。けど、明日になったら「またダメでした」ってことになりかねないから、そっと心に誓うだけにする。
てか休職だよなぁ。普通に考えたら。
いや、働けるでしょ、と休職しちゃってきちんと気持ちを上に向けるまで治しなよ、という二つの考えが頭の中をグルグルしているのがとてもよくわかる。昨日くらいから。
先週心療内科に通った後、今週は月曜、そして今日と少し働いたけれど、気持ちが乗らないというか、頭痛や吐き気があったのであまり十分に働けるような気分ではなかった。
元気だったらやれることはたくさんあるのに、元気じゃないから、私の中で罪悪感が湧いてしまい、返って気持ちが塞ぎ込んでしまった。
こんなことならいっそのこと、がっつり休んでしまったら良いのにと思う。
周りの人だって私に気を遣っているだろう。それが少し感じられるからこそ、私はきちんと身をひくことを考えた方が良いかもしれないのだよね。
明日はまた心療内科へ行く。